異世界で商売を始めます?
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね」
私は目の前の猫人の女の子を見る。
「名前は?」
「シンス」
「シンスちゃんね」
「うん」
昨日まで名前すら知らなかった。
でも、こうして話していると、少しずつこの世界のことが分かってくる。
シンスは、この近くの村に住んでいるらしい。
家族で農家をしているそうだ。
「じゃあ、毎日畑仕事してるの?」
「うん。朝は水やったり、草取ったりする」
「大変ね」
「そうでもないぞ」
「そう?」
「いつものことだから」
なるほど。生活の一部になっているのか。
私は気になったことを、次々と聞いていく。
村にはどれくらいの人が住んでいるのか。
どんな仕事をしているのか。
何を食べているのか。
どこから服や道具を買っているのか。
そして――
「お店ってあるの?」
「あるぞ」
「どんな物を売ってるの?」
「色々」
「例えば?」
「塩とか、鍋とか、服とか」
「へぇ……」
やっぱり商店はあるらしい。
ただ、私の店とは規模がかなり違うようだ。
「お金って使う?」
「使うぞ」
「村の人も?」
「もちろん」
「じゃあ、物々交換もする?」
「するぞ。農家同士なら、その方が楽な時もあるし」
なるほど。
私は話を聞きながら、頭の中で整理していく。
この世界の生活。村の規模。商店。貨幣。
物々交換。まだ分からないことは多い。
でも――少しずつ、この世界の輪郭が見えてきた。
「……」
そうして話をしていると、シンスが空を見上げた。
「そろそろ帰らないと」
「もうそんな時間?」
「うん」
「じゃあ、またね」
「またなー!」
シンスは手を振ると、森の中へ走っていった。
「またねー!」
私も手を振り返す。
姿が見えなくなったところで、私は小屋へ戻った。
「……」
今日聞いた話を思い返す。
「戦国時代に近い……のかな?」
もちろん、日本の戦国時代そのものではない。
でも、生活水準を考えると、私の知っている現代とは大きく違う。
「となると……」
一つの考えが浮かぶ。
「村にない物を持っていけば、物々交換ができるかも?」
この世界にあって、元の世界にある物。
その中でも、この世界では作るのが難しい物。
「商人を装うか?」
いきなり、
「異世界から来ました!」
なんて言えるわけがない。
だったら、
「遠くから来た商人です」
ということにすればいい。
「……」
私は少し考える。
「そうなると、品物が必要だな」
何を持っていけばいい?武器?
いや、危ない。食料?
こちらでも作っているなら、それほど珍しくないかもしれない。
「うーむ……」
私は店の商品を思い浮かべる。
「マッチ」
火を簡単につけられる。
「蝋燭」
夜の明かりになる。
「紙」
この世界では、紙も貴重かもしれない。
そして――
「調味料系」
塩。砂糖。胡椒。醤油。味噌。油。
「これなら……」
店にある。
しかも、持ち運びやすい。
「よし」
私は鞄の向こうへ声を掛ける。
「さとるー!」
「ん?」
すぐに返事が返ってくる。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「何?」
私は考えていることを説明する。
異世界で商人を装うこと。村にない物を持っていって、物々交換をしてみたいこと。
そして――
「マッチとか蝋燭とか、紙とか。あと調味料を集めてもらえる?」
「分かった」
「本当に?」
「商品のことなら任せてよ」
「助かる!」
しばらくすると、鞄の向こうから商品が次々と運ばれてきた。
「マッチ」
「うん」
「蝋燭」
「うん」
「紙」
「うん」
「塩、砂糖、胡椒、醤油、味噌、油」
「完璧!」
並べられた商品を見る。
「これなら、何とかなるかも」
私はそれらをリュックへ詰め込んでいく。
「リュックなら普通の商人っぽく見えるかな?」
「姉さん、それ以前に服が問題じゃない?」
「……」
確かに。
「まあ、そこは遠い親戚から貰った珍しい服ってことで」
「前にもそれ言ってたな」
「便利なのよ」
準備を終え、私はリュックを背負う。
「じゃあ、行ってみる」
「気をつけてね!」
「うん」
さとるの声を聞きながら、私は腰に手を伸ばす。そして――鉈を装備する。
「念のためね」
「……」
「何?」
「商人が鉈持ってるの、どうなんだろうな」
「異世界だからいいの!」
私は小屋の扉を開ける。
森の向こうには、昨日遠くから見た村がある。
「さて……」
リュックの中には、現代の商品。
腰には鉈。そして、初めての商売。
「どうなるかしら?」
不安もある。
でも――
「……」
それ以上に、ワクワクしていた。
異世界に来て初めて私は自分から、この世界へ一歩踏み出そうとしていた。




