なんか忘れてない?
小屋へ戻ったちほは、椅子に腰を下ろした。
「ふぅ〜……」
今日は色々とあった。果樹園の拡張場所を探して、水路や水車の話まで決まった。
「果樹園は、これで村の方々にお任せしてと」
自分がずっと付きっきりになる必要はない。
村の人たちが自分たちで考えて、管理してくれる。
それが一番いい。
「果樹は、見た感じ収穫できるのはまだ先だから……」
ちほは机の上に資料を広げる。
「他に何ができるかな?」
今すぐできること。果樹が実をつけるまでにできる準備。
「無難なのは……干す」
干し果物。
これは、この世界でも似たような保存方法があるらしい。話を聞く限り、干す文化はあるみたいだし、これは大丈夫ね。
次に梅。塩もあるから、梅を漬けるのも問題ない。梅干し。
これなら、村の人たちにも教えられる。
「あと……」
ちほは少し考える。
「ジャムとか?」
果物を砂糖で煮詰めて保存する。
地球では定番だ。しかし――。
「これは、無さそうなのよね」
そして問題が一つ。
「砂糖が無い?」
この世界には甘味料そのものが少ない。
果物を甘くする方法はあっても、大量の砂糖を使って保存する文化はなさそうだった。
「うーむ……」
ちほは腕を組む。
「砂糖……」
そして、思いつく。
「サトウキビか甜菜かな」
どちらも砂糖を作るための作物だ。
「この二つを頼んでおこう」
ちほは机の上のパソコンを見る。
「どっちかを持ち込めば、どっちかは育つかな?」
少し考える。
「それとも……+神で、どっちも?」
最近のことを考えれば、あり得る。
「まあ、サトウキビは苗みたいなものかな?」
「甜菜は種でいいはず」
ちほはさっそくバッグへ向かう。
「さとるー! いるー?」
「いるよー? なに?」
すぐに弟の声が返ってきた。
「サトウキビの苗と、甜菜の種を頼んで!」
「サトウキビ?」
「そう」
「そんなの頼めるの?」
「分からん!」
「分からんのかよ!」
「聞いてみて!」
「……まあ、いいけど」
「甜菜は、大丈夫だと思う!」
「分かった! 聞いてみる!」
「お願い!」
さとるの頭がバッグの向こう側へ引っ込む。
「よし」
ちほは満足そうに頷いた。
「これで砂糖は、ゲットかな……」
これで果物が採れれば、ジャムも作れる。
果物を乾燥させる。梅を漬ける。ジャムを作る。果樹園から、いろいろな商品が生まれるかもしれない。
「……」
ちほはそこで、ふと黙った。
「…………」
何かが引っかかる。
「何かしら……」
さっきからずっとだ。
果樹園を見ている時も小屋へ戻ってからも何かを忘れているような気がする。
「何だっけ?」
腕を組む。
「果樹じゃない、ユーカリでもない、温泉でもない、水車でもない……」
うーん。
「まあ、いいや」
ちほは頭を掻いた。
その時だった。
「姉さーん!」
バッグの向こうから、さとるの声が聞こえた。
「ん?」
「そういえばさ」
「なに?」
「あの竹を貰ったお婆ちゃんと、たまたま会ってさ」
「うん」
「竹はどうだい?って聞かれたよ」
「…………」
ちほの動きが止まった。
「…………竹?」
「うん。竹」
「…………」
数秒。
「はっ!?」
ちほが立ち上がった。
「竹!?」
「え? どうした姉さん?」
「それだ!!」
ちほは頭を抱えた。
「それだよ! さっきから引っかかってたの!」
「竹が?」
「竹よ!」
そうだ。竹。以前、村のお婆ちゃんから貰った竹。それを植えた。そして――。
「待て待て……」
ちほの顔が引きつる。
「竹は地球でも成長が早い」
「……うん?」
「しかも……」
ちほは嫌な予感がしてくる。
「+神が加わっている」
「…………」
「ユーカリは、どうなった?」
「森になってたね」
「果樹は?」
「すごい勢いで育ってる」
「じゃあ……」
ちほはゆっくり立ち上がった。
「竹は?」
「…………」
さとるも沈黙する。
「姉さん……」
「言わないで」
「まだ何も言ってないけど」
「言わなくても分かる」
ちほは小屋の外を見る。
「確認しに行こう……」
嫌な予感しかしない。
「竹が普通に育ってるなら、それでいい」
「うん」
「ちょっと成長が早いくらいなら、それもいい」
「うん」
「でも……」
ちほは拳を握る。
「+神で、さらに成長が早くなってるとなると……」
「…………」
「竹林が……」
「…………」
「とんでもないことになってる可能性がある」
ちほは、走り出した。
「竹ーーー!!」
「姉さん、気をつけてー!」
小屋から竹を植えた場所へちほは全力で駆けていく。そして――。
「…………」
ちほは、その場で立ち止まった。
目の前に広がっていたのは――。
「…………竹林?」
一本。二本。そんなものではない。
無数の竹が、地面から伸びている。
しかも――。
「…………これ、いつの間に?」
竹は、はるか頭上まで伸びていた。
いや。それだけではない。奥にも。その奥にも。竹。竹。竹。
「…………」
ちほは、絶句した。
「……竹林になってる」
しかも――。
「広がってる……」
植えた場所だけではない。
地下茎を伸ばしたのか、竹が次々と新しい場所から顔を出している。
「…………」
ちほは、額を押さえた。
「……やっぱり忘れちゃ駄目だった」
こうして。ユーカリ。果樹。そして――竹。
村の新たな資源となるはずの竹林は、ちほの想像を遥かに超える規模へと成長していた。




