村人、初めての温泉
村長さんが温泉から戻った翌日。
村の中では、ちょっとした話題になっていた。
「地面から温かい水が出る場所がある?」
「そうじゃ」
村長さんが説明している。
「しかも、火を使っておらん」
「火を使わずに温かい水が?」
「本当に温かいのか?」
「どれくらいじゃ?」
「一度、見てみたい!」
どうやら、かなり興味を持たれたらしい。
まあ……当然よね。この村では、水を温めるだけでも薪が必要になる。それが、地面から勝手に温かい水が出てくるのだ。
興味を持たない方がおかしい。
そして――。
「なら、見に行ってみるかの」
村長さんを先頭に、何人かの村人が温泉へ向かうことになった。
◇
「ここか?」
「そうじゃ」
村人たちが、温泉を覗き込む。
「おお……」
「本当に水が溜まっている」
「湯気まで出ておるぞ」
「触ってみてもいいのか?」
「もちろんじゃ」
一人の村人が手を入れる。
「……温かい!」
「本当だ!」
「火がないのに……」
次々と手を入れていく。
「これはすごいな」
「これなら冬でも使えるんじゃないか?」
「いや、冬はもっと温かい湯が欲しくなるぞ」
村人たちは、すっかり温泉に夢中になっている。私は少し離れたところで、その様子を眺めていた。
「……」
すると、一人の木工職人さんが周囲を見回した。
「ここに小屋を建てればいいんじゃないか?」
「小屋?」
「着替える場所が必要じゃろう」
「ああ、それは必要だな」
別の村人が頷く。
「それなら、道も作った方がいい」
「確かに。雨が降ったら、この道は歩きにくい」
「温泉までの道を整えておけば、村からも来やすくなる」
「男と女で時間を分ければいいんじゃないか?」
「それなら一つの湯でも使えるな」
「いや、せっかくなら二つ作った方がいいんじゃないか?」
話がどんどん進んでいく。ちほは、口を挟む暇もない。
「温泉の水を村まで運ぶことはできんのか?」
誰かが言う。すると別の村人が答える。
「運ぶとなると、大量の水を毎日運ばなければならんぞ」
「それなら、ここを整えた方が早いな」
「そうじゃな」
「なら、温泉の周りを広げればいい」
「湯船をもう一つ作るのはどうだ?」
「休める場所も欲しいのう」
「そうじゃ。温泉に入った後、ここで休める場所があるといい」
「なら屋根も必要じゃ」
「雨の日にも使えるようにするなら、屋根だけじゃなく壁も必要だな」
「薪は?」
「温泉そのものは火を使わんのじゃろ?」
「そうじゃ」
「なら、薪は休憩所で使う分だけでいい」
「それなら、そこまで大量には必要ないな」
……。
どんどん話が膨らんでいく。
ちほはただ、温泉を見つけただけ。
そして昨日、村長さんに見せただけ。なのに。
「……」
目の前では、村人たちが勝手に計画を立て始めている。
「ここに建物を置くなら、木材はこれくらい必要か?」
「いや、それならもっと丈夫な木を使った方がいい」
「道は川沿いから伸ばせばいいんじゃないか?」
「それだと雨の日に水が溜まるぞ」
「なら少し高くすればいい」
「なるほど」
「……」
私は思わず笑ってしまった。
すごい。私が考えていたより、ずっと具体的だ。
「ちほさん」
村長さんがこちらを見る。
「どう思う?」
「え?」
突然聞かれて、私は少し考える。
そして。
「……いいと思います」
それしか言えなかった。
だって村の人たちが自分たちで考えている。
私が、
「こうしましょう」
と言う必要がない。
「ただ……」
私は温泉を見る。
「ここは村の人たちが使う場所になるんですよね?」
「そうじゃな」
「だったら、私が全部決めるより、皆さんで決めた方がいいと思います」
村長さんは頷く。
「うむ」
「私は温泉を見つけただけですから」
「それだけでも十分じゃ」
村長さんが笑う。
「きっかけを作ってくれたのは、ちほさんじゃからの」
「……」
私は少し照れながら笑う。
「じゃあ、私は必要な時だけ手伝います」
「それがいいじゃろう」
その後も、村人たちの話し合いは続いた。
どこに小屋を建てるか。どんな道にするか。
湯船はいくつ作るか。休憩所はどうするか。
誰が木材を担当するか。鉄は必要なのか。
村の中で、少しずつ役割まで決まり始めていた。
ちほはその様子を眺めながら思う。
「……私が考えるより、村の人たちに任せた方がいいかも」
最初は、私が何かを持ってこなければ何も始まらないと思っていた。
でも違った。水車も。農具も。紡ぎ機も。織り機も。木工品も。そして、今回の温泉も。
きっかけさえあれば、村の人たちは自分たちで考え始める。
「……なんか、嬉しいな」
ちほは温泉を見ながら、小さく笑った。
異世界の村は、少しずつ。私が想像していたよりもずっと、自分たちの力で変わり始めていた。




