村にも温泉を!
さて。この温泉を私一人で独占するつもりはない。せっかく見つけた温泉だ。村の人たちにも、この気持ちよさを知ってもらいたい。
ただし――いきなり、
「温泉を作りましょう!」
なんて言うつもりはない。まずは見てもらう。それから、どうするかを決めてもらえばいい。
「よし!」
翌朝。私は村へ向かった。
向かった先は、もちろん村長さんのところ。
「村長さん、いますかー?」
「おお、ちほさんか。どうしたんじゃ?」
「ちょっと見てもらいたいものがあるんです」
「見てもらいたいもの?」
「はい!」
私は村長さんを温泉の場所まで案内する。
◇
「……ここか?」
「そうです」
昨日作った簡易露天風呂。
ブルーシートで囲っているので、見た目は少し怪しい。村長さんは周囲を見回す。
「これは……何じゃ?」
「温泉です」
「温泉?」
村長さんが首を傾げる。
「それは何じゃ?」
「えっと……」
そういえば、この世界には温泉というもの自体が知られていないのかもしれない。
私は説明する。
「地面から、温かい水が出てくる場所です」
「地面から……?」
「はい。ここです」
私は温泉の中に手を入れる。
「ほら。温かいですよ」
「ふむ……」
村長さんも恐る恐る手を入れる。
「……」
しばらく無言。そして。
「……本当じゃ」
驚いたように手を引っ込める。
「水なのに、温かい……」
「そうなんです」
「火で温めたわけではないのか?」
「はい。何もしなくても、この温度で出てきます」
村長さんはもう一度、温泉に手を入れる。
「不思議なものじゃのう……」
「ですよね」
私は少し笑う。
温泉というものを知らない人からすれば、確かに不思議だろう。
「実は私、昨日ここに入ってみたんです」
「入った?」
「はい」
「この中に?」
「そうです」
私は頷く。
「すごく気持ちよかったですよ」
村長さんは温泉を眺める。
「……」
少し考えているようだ。私はそこで、余計なことを言わないようにした。
「村にも作りましょう!」
とは言わない。
「こうすれば便利ですよ!」
とも言わない。ただ、見てもらう。
この温泉をどうするか。
決めるのは村の人たちだ。
私ができるのは、きっかけを作ることだけ。
「ここを少し整えれば、もっと使いやすくなると思います」
「ふむ」
「今は石を並べただけですから。脱衣所もありませんし、道も整っていません」
「確かにのう」
「だから、もし村の人たちが使いたいと思ったら、その時に考えればいいと思います」
村長さんは私を見る。
「ちほさんは、村の者にも使わせたいのか?」
「もちろんです」
私は頷く。
「でも、私が決めることじゃないと思うんです」
「……」
「こういうものがあるよ、って見せる。それで、村の人たちがどうしたいか考えてもらう」
村長さんは温泉を見る。
しばらく考えた後――。
「……これは、村の者にも使わせたいのう」
その言葉を聞いて、私は笑った。
「そう思います?」
「ああ」
村長さんは頷く。
「これほど温かい水が、地面から出てくるのじゃ。使わぬ手はあるまい」
「ですよね!」
「しかし……」
「はい?」
「どうやって使うかは、考えねばならんな」
「そこです!」
私は頷く。
「道も必要ですし、脱衣所も必要。男女で分けるなら場所も必要でしょうし」
「ふむ」
「温泉を引くのか、ここまで来てもらうのか。それも考えないと」
村長さんは腕を組む。
「なるほどのう……」
私は少し嬉しくなった。こういう話がしたかった。私が全部決めるのではなく、村長さん自身が考え始めている。
「まずは、村の者にも見てもらおう」
「はい!」
「それから皆で話し合えばよい」
「それがいいと思います!」
村長さんは温泉を見つめる。
「……せっかくだ」
そして。
「少し、入ってみるかの」
「え?」
「昨日、ちほさんが入ったと言ったじゃろう」
「はい」
「ならば、わしも試してみたい」
「もちろん!」
私は急いで準備する。
といっても、ブルーシートで囲っただけの簡易露天風呂だ。村長さんが着替えを済ませ、ゆっくりと温泉へ入る。
ちゃぷん。
「……」
村長さんは肩まで浸かる。
そして――しばらく無言。
私は少し離れたところで待つ。
「……」
「……」
村長さんは目を閉じた。
そして、小さく呟く。
「……これは……良いのう」
「ですよね!」
思わず私も笑ってしまう。村長さんはそのまま、しばらく温泉に浸かっていた。
私はその様子を見ながら思う。
温泉を作った。
それだけじゃない。この温泉をどう使うか。
これから村の人たちが考える。もしかしたら、私が思いつかなかった使い方をするかもしれない。
「……楽しみだな」
私は温泉を眺める。村の新しい施設が、ここから始まるのかもしれない。




