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Scene.9 新しい世界

 有村の右手にはナイフが握られ、その切っ先は狐火さんの首筋を捉えていた。私の後では、巨大霊障と戦う皆がいる。


「こんなに早く再会できるなんて、思わなかったよ。騒がないほうがいい。この年寄りが血まみれで倒れる姿は見たくないよね?」


「……目的は何?」


「黙って君が付いて来てくれるなら、全てを明かすと約束しよう」


「分かったわ。まずは狐火さんを解放して」


「それはできない。まずはここを抜け出さないとだからね。だから、君が付いて来るのが先だ」


 その言葉のあと、後ろに下がろうとする有村に引きずられた狐火さんは、機を見て有村の手に噛み付いた。


「命! これは罠じゃ! すぐに皆と合流するんじゃ」


 その声の大きさは、後ろで戦う皆に届かせるには十分だった。だけど、すぐに口を塞がれてしまう。


「おやおや、騒がないように僕は言ったはずだよ?」


 パンと銃声が走る。有村の髪を掠めた。向こうでは、このはさんが銃を構えていた。


「約束が守られなかった以上、このトレードはなしだよ。沙庭命、今回は残念だが次回は良い返事を期待している」


 首筋のナイフを持つ手に力が入る。


 え? 嘘だよね? 生きてる人を殺すなんて、犯罪だよね?


「待っ――」


 プシュと音を上げ、鮮血が放物線を描く。慌てて、傷口に手を当て、血を止めようとする。


 どんどん青くなる狐火さんの顔に、私は自分の犯したミスの重さに気付く。


 パンパンと銃声が響く。逃げる有村を狙ったものだろう。


「狐火さん!狐火さん!」


 血が止まらない。このままじゃ死んじゃう。誰か助けて……


「九条、まだ間に合うか?」


「ぎゃはは、いいぞ、いいぞ、まさに絶望だ」


 九条さんが筆を振り回すと、出血点にマークがついて、血が止まる。


「霊門の方も大丈夫か?」


「ぐえへへ、絶望が、絶望が見える」


「よし、みんなオートモービルに乗れ。狐火の命が最優先だ」


 慌ててオートモービルに向かおうとする私たちを邪魔するように1体の巨大霊障が立ちはだかる。


「ち……時間がないってのに」


「私に任せてください」


 ここは皆の返事を待たずに、ダーツを投げる。ダーツの刺さった霊障は、綺麗に霧散した。


「急げ」


◇◇◇


 私は手術室の前にいた。もう2時間は経っている。


 五十嵐さんの話では、九条さんの能力で、霊門にもシールしてある状態らしく、この間に輸血が上手くいけば、大丈夫ということだった。


 私があの時、そんなことあり得ないと油断さえしていなければ、あのナイフを止めることができたかもしれない。


「責任を感じているのか?」


 五十嵐さんがやってきた。彼も狐火さんを心配しているようで、3度目の訪問だ。


「はい。これでも隊長ですし」


「隊長といっても、軍人でもなければ専門的な訓練を受けたわけでもないんだ。殺人犯の対応なんてできなくて当然だ」


「……殺すなんてことはしないと思い込んでいました」


「普通はそうさ。ただ、奴は過去に明日香を殺している。たぶんそれだけじゃない。たくさんの人を殺めているだろう。そういう相手であることは認識すべきだな」


「……はい。初めて、本当の犯罪者を見たので混乱していましたが、次は何があってもおかしくないと思って対応します」


 話が終わる頃、手術室の扉が開き、1人の医師が出て来る。


「先生!狐火さんは!」


「狐火はどうなったんだ、ドクター!」


 2人に同時に詰め寄られた医師は困惑した様子だったけど、すぐに笑顔を浮かべた。


「2、3日とはいかないでしょうが、1週間程度で退院できると思います。致死量の出血をしていたんですが、よく堪えられたものです」


「「ありがとうございました!」」


安心したらドッと疲れが出た。椅子に倒れ込む。珍しく疲れた様子で五十嵐さんは椅子に崩れ落ちた。


「さすがにお疲れですよね?」


「お互いな」


「これからどうなっちゃうんですかね?」


「狐火が戻るまで1番隊は基地内待機。それまでは他部隊員が大変な状況になるだろう。だが、1番隊の補充も行われる。それが終われば、少しはゆっくりできるだろうよ」


 私は有村の一件から、考えていたことを口にする。


「……この戦いって、終わりはあるんでしょうか?」


 ふぅと深呼吸して五十嵐さんは、私を見てこぼす。


「全員が考えないようにしていることをさらりと言うな」


「思いますよね」


「当然だ。少子化で人口は減る。減った人口から次の肉体が得られなかったものが霊障となるんだ。霊障が生まれるペースの何倍、それこそ十倍の速さで霊障を消滅させないとならないんだ。それをたった4部隊で、だぞ?ハナから無理な話だ」


「なら何故、皆さんは不満を言わないんですか?」


「他に行き場がないからだ。それはあんたもだ」


「AIに捕まってしまえば……」


「更生施設で衣食住保証されるのは、弾かれた初期だけだ。まだ、沙庭なら間に合うかもな。だが、他の奴は皆、逃げ続けた期間も長いからな。処刑されるのが関の山だ」


「……」


「そういうのもあるのかもしれない」


「え?」


「有村だ。奴はやたらと賢い男だった。この先のない戦いに嫌気が差して、自分なりに自由に生きる道を見つけたのかもしれない」


「確かに。今の居場所は、AIに感知されず、霊障との戦いを強要もされませんね」


「奴は新しい世界でも作るつもりなのかもしれん。そうなると、狙いはAI社会だけでなく――」


「ヤマトタケルノミコトも対象、ですね」


「そう考えるのが妥当だろう」


「司霊官に伝えてきます」


「頼む」


 心電図の音が鳴り続ける手術室前をあとにした。


◇◇◇


「なるほどな。あの男の狙いは、この世界の秩序の崩壊ということか。考えそうなことだ」


 私の話に静かに頷いた司霊官は、何もないところに声をかけている。霊力を目に集中する。星澤さんの霊体がいた。


 彼は頷くと、ふわりと舞い、宙に消えた。


「ちょうど1番隊の補充要員も確保できたところだ。創設以来初めて、全体員超級という精鋭部隊が調達できた」


「全員超級、ですか」


「ああ。これで少しは、君たち2番隊はもちろん、他の隊も楽になるだろう」


「それはありがたい話です。ところで西崎さんは?」


「ああ、彼なら諜報部隊に参加してもらうことになった」


 諜報部隊? 幽体離脱できる人の部隊のはず。


「西崎さんは幽体離脱できたんですか?」


「いや、死んでもらったよ」


「え?」

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