Scene.4 ビールは苦い
声の先には見たことのない女性が立っている。手招きをしているので、そちらに向かう。
「偶然、居合わせて良かったわね。逃げるわよ」
「あ、はい」
ボブカットを揺らして走るその女性の手には、小さなナイフが握られている。
しばらく走っているうちに、気付けば全部で6人の人に囲まれていた。
「へ〜、これが2番隊の隊長さんか〜。可愛いね〜」
「おい、西崎。ちょっかい出すんじゃねぇぞ」
「え〜いいじゃん。警備AIドローン撃ち抜いたの俺だし。ご褒美くれるよね?」
「ちょっとあんたら! 新人ちゃんが怯えてるわよ」
出動した時に出てきた地下鉄の入り口を抜ける。そして、ヤマトシェルターに辿り着く――
「あ、あの、ありがとうございました」
頭を上げた私の顔を見て、女性が口を開く。
「偶然だから、気にしなくていいわよ。でも、肝に銘じて。感傷的になっても良いことはないわ」
「はい……あの、貴女は?」
私の問いに、歩き始めていた女性は振り向く。
「私は1番隊、隊長の柳井まどか。また、会ったらよろしくね」
「ご褒美は〜?」
「ないわよ、西崎。来なさい」
1番隊の皆が去っていった。
「よ、良かった。戻って来られたんですね」
聞き覚えのある声に、私は振り返る。そこには、このはさんが立っていた。
「た、助けられなくて、ごめんなさい」
頭を下げるこのはさんに、「とんでもない」と頭を上げるように促す。
「私が悪いんです。皆さんは、ルールに沿った行動をしたまでです」
その会話を終えると、ぺこりと頭を下げて、このはさんはどこかへ向かった。
やっと落ち着けた。ビルの陰に入り込む。お父さんとお母さんを失ったばかりで、友達まで、目の前で失ってしまった。
私は1人、その場で声を抑えることなく泣いた。ひとしきり泣き終えた頃、声がかかる。
「落ち着いたか?」
その声の主は、五十嵐さんだった。
「……はい、少しは。まだ割り切れてませんけど」
「今はそれでいい。割り切れって方が無理がある」
「隊長なのに、私情を持ち込んで輪を乱してしまい、申し訳ありませんでした」
私の言葉に、彼は少しバツが悪そうに頭を掻く。
「いや、こっちこそ、本来は助けるべきだったんだ。ただ、皆、予想外の巨大霊障との戦いで消耗していた。だから、ああするしかなかった」
「いいんです。私が悪いので」
「それに、仮にAIに捕まろうとも、抵抗しなければ、自由はないが更生施設ならネットワーク付きで3食飯付き待遇だ。ここよりも、楽なのかもしれない」
「それもそうですね……」
「あんたの命ももちろん心配した。その結果が、今回の選択だ。悪く思わないでくれ」
「はい」
そう告げると、五十嵐さんは姿を消した。
「私は何のためにここに入ったんだろう……」
そんな疑問が口を付いた。
両親が死んだ時、急な変死だったため、もちろん遺産の相続もできておらず、賃貸の契約も解除され、お金もないまま、路上に追い出された。
「そう……この時、星澤さんが現れたんだ」
そこに、ヤマトタケルノミコトの星澤と名乗る男性が現れ、両親の死についての説明をされ、霊障と呼ばれる現象を知ることになった。
そして――
「も〜し、貴女が望むな〜ら、寝泊まりのでき〜るところを、用〜意いたしますよ?」
条件は、霊障と戦う組織、ヤマトタケルノミコトの一員になること。
それは同時に、両親を殺し、すでに他の体に移った霊障を探せるという話で、仇が討てるかもしれないと言われた。
そんな動機だった。
部屋に戻った私は、アウターを脱いで、ベッドにつっぷした。たった3日で色々あり過ぎだよ。
私、どうしたらいいの?
AIに聞きたくなって、ついついスマホを探す。
「はは……ないんだっけ」
部屋に家電は古い物だけど、一通りあるみたい。
古いと言っても、私はそれこそ歴史の教科書で見た程度という、2000年代前半の代物だ。エアコンにはSHARFとある。
冷蔵庫を開けると、缶ジュースや缶ビール、パーフェクトミールが並んでいる。
「ビール……アルコール飲料って、違法じゃなかったっけ?」
何て呟きながら、興味は缶ビールに集中する。飲んでみたい。プシュと威勢の良い音を立てて口が開く。さっそくひと口――
「うぇ……苦……どこが美味しいの、これ?」
開けちゃった缶、どうしよう。
などと、思っているとドアがノックされる。19時過ぎ。こんな時間に誰だろう?
「2番隊、隊長の沙庭様ですね。遅くに申し訳ありません。司霊官がお呼びです」
「え? 今からですか?」
「はい。申し訳ありませんがよろしくお願いいたします」
それだけ告げて男性は去る。やっとゆっくりできたのに。アウターを羽織って、部屋を出る。
「ゆっくりしていたところ、すまないね。新しい任務がある」
「え? さっきまで任務に出てたばかりですけど」
「人手不足が深刻な組織でな。君は知らないかもしれないが、昨今の死亡者の死因の70%が原因不明……いや、霊障だ。人が死ぬほど、霊障は増える。それこそ、明日はわが身なのだ」
「そんなに」
「人口がただでさえ、大きく自然減のわが国日本において、霊障という大きな減少材料が加わっているわけだ」
これだけ聞いても、まだ実感は湧かない。
「このまま、霊障が増え続ければ、7年以内に日本人は絶滅するだろう」
「え? そんなこと……まだ30年以上横ばいだと総理大臣が言ってましたけど」
「本音は言えないのが政治だ。だから、我々が身を粉にしてでも戦い、期限を遠ざけなければならない」
「……分かりました」
「今回の対象は東山辰之。千代田区飯田橋にあるひさかたラーメンの店主だ」
その内容を聞いて、ふと気になることがあった。
「ところで、司霊官はどのようにその情報を得てるんですか?」
「ああ、気になるのも当然だ。ネットワークが存在しないことこそ、ヤマトシェルターの強みだからな。ちょうどいいところに来た。霊力を目に集中してみるといい」
言われた通りにしてみると――
「あ……」
司霊官が、先ほどやって来た霊体と会話し始める。
「……うむ、分かった。それは、後に回すとしよう。他に異常がないか、再び回ってくれたまえ」
その光景の不思議さに呆然としていると、司霊官は私に向かって話を続ける。
「極稀にだが、いるのだよ。幽体離脱が自在にできるものが。AIに感知されない彼らが、調査、報告を行っている」
「納得しました」
「よろしい。向かってくれたまえ」
「はい」




