Scene.3 間に合わない命
Scene.3
「しかし、数奇なもんだな。沙庭の故郷とは」
五十嵐さんが言う。そう、ここは私の故郷であり、両親が死んだ街。そして、今回の任務対象は――
「……同級生とはの、ちとしんどいものを見る覚悟は必要じゃの」
「はよ、霊障取り払って助けな。霊門が壊れたらえらいことやで」
私は焦っていた。早く、早く助けなきゃ。
「ち、ちょ、隊長っ! あたしを抜かすのはダメですってっ!」
気が付いた時には、索敵していたこのはさんを追い抜かしていた。
ビィビィ、ビィビィ。アラーム音が鳴り響く。
『動かないでください。こちらは公安局です。速やかにこちらの書類にサインをしてください。30秒以内にサインがない場合は、実力行使を行います』
私の前に端末ドローンが浮かび、搭載されている液晶パネルに書類が表示されている。逮捕に同意する旨が書かれたものだった。
ザシュ、パンパンッ!
刀で切られて真っ二つになった警備AIドローン。監視ドローンが銃で散る。
「た、隊長。焦る気持ちは分かりますが、あたしより前に出るのはやめてください」
「AI共の警戒が強まるぞ。霊障まで走り抜けろ」
葵のことしか頭になかった。それだけだった。
「――ちゃん、姉ちゃんっ! 走るでっ!」
新太郎くんの声でハッとする。頷いて、私も皆に続く。とにかく走る。監視ドローンも壊さずにひたすら走る。ズンと体が重くなる。霊障……
「ここまで来れば、一安心だな」
「は、はい。霊障の中はAIが感知できませんからね」
五十嵐さんは私を見つめる。責められると思い、俯いた。
「誰でも最初はそんなもんさ。次からは気を付けてくれよ」
「……はい。皆さん、すみませんでした」
謝罪する私を、皆は気にしていなそうだった。本当に次からは気を付けなくちゃ。
「ずいぶんと巨大な霊障じゃの」
「ああ、お前ら、気を引き締めて行け」
「ラジャー」「り、了解です」「きひひひ」「はい!」
分担して、慎重に進みながら、手信号で合図を送り合う。しばらく進むと、大きな交差点に差し掛かる。
そこで、新太郎くんが合図している。それに気付いた私は彼の元に向かう。そして、皆が集まった。
「あかんやつや」
巨大な霊障の中で、少しだけ宙に浮かぶ女性の姿がある。葵だ。思わず、腰のバッグに手を入れる。
「どの程度か、様子見るぞ。九条、マーク頼む」
「いひひひ、どれだけの絶望を知ることができるだろうか」
九条さんが、筆を振り回した。すると、霊障の体の一部に色が付いた。紫色だ。
「厄介だな、紫か。各自、マークを狙え」
五十嵐さんの号令で、皆が攻撃を始める。私も参加しようと思ったけど、射線上に皆が入る。少し離れなきゃ。
「沙庭! 孤立するな、危険だ」
ちょうど呼び止められた瞬間、霊障の左腕が振り上げられ、私に向けて振り下ろされた。
バチンッ!
私は霊力を高めて防ぐ。だけど、その勢いで後ろに飛ばされた。
「お前ら、沙庭を守りながら攻撃だ! 立て直したら、もう一度攻勢に出るぞ!」
皆が私の近くまで下がってくれた。
「すみません」
「それはいい。だが、あんたは何で攻撃しないんだ?」
「それは、皆さんを巻き込んでしまう攻撃なので撃てなくて……」
「あんたより、後ろにいないといけないってことか?」
「はい」
バチバチ、バチン、バチン。
皆が霊障の攻撃を防いでいる。
「なら、次の隙で全員下がる。あんたの力を見せてくれ」
「分かりました」
私は、腰のバッグに入っているダーツを力いっぱい握る。その次の瞬間――
「全員、沙庭の後ろに回れ!」
皆が私の後ろに下がったのを確認すると、ダーツに全霊力を込める。そして、狙いを研ぎ澄まし、肘を伸ばした。
キィィィィンッ! ボンッ!
光の矢が、霊障を突き抜ける。そして、霊障が弾ける。葵がコンクリートの上に倒れる。
「……これが鬼級の力か。まるでレールガンだな」
「どえらいやんけ。上級のわいが霞んでまうわ」
「た、隊長、すごいです」
「……ありがとうございます。葵の容体を確認しましょう」
このはさんが、葵の額に手を当てる。
「……た、隊長、残念ですが」
「え……」
狐火さんが、葵の胸の上で霊力を込めると、葵の霊体が浮かび上がる。半分ほどしか姿はなかった。
「半分かの、霊門からすでに霊体が流出しておるの……」
「そんな……」
私は酷く動揺した。まだ、葵は呼吸をしている。体温もある。まだ――
「沙庭。霊門が壊れては生存することは不可能だ。意識だって戻らない。放っておけば、新たな霊障になり得る」
「……」
そんな、殺さなきゃならないの? 高校時代の友人なのに――
「……妾が引き受けようぞ」
そう告げた狐火さんは、胸元からお札を出すと、それに霊力を込め――
「ま、待ってくださいっ! 葵はまだっ!」
先月、SNSで連絡があった。課題の愚痴を言っていた――
私の言葉は宙を舞い、お札は葵の霊体に張り付く。
ジュという音と共に、葵の霊体は悲鳴を上げて消えた。そして、葵の呼吸は止まった。
私は膝から崩れて、葵を抱き締める。
「……ごめんね。少し遅かったね。ごめんね」
温かい。まだ温かいのに。
両親が死んだ時も、こうだった。救急車が呼んだ時には、もう体が冷たくて。それでも私はずっと手を握っていた。
救護AIドローンは「生体反応なし、処置不要」と判定して、さっさとどこかへ飛んでいった。
だから今度こそ、間に合いたかった。
「感傷に浸る暇はない。霊障が霧散した。すぐにAI共が来る。逃げるぞ」
分かってる。分かってるよ。ここにいたら捕まる。それくらい分かってる。
でも誰か一言だけ、一言だけでいい。
皆が駆け出す足音が遠ざかる。誰も振り返らない。当たり前だ。ここはそういう場所で、私はそれを承知で来たはずで――
『逃走犯を発見。包囲シークエンスへ移行を開始する。犯人に告ぐ。抵抗すれば、直ちに射殺する』
警備AIドローンの声が、両親の死んだ夜に聞いた声と重なった。
あの夜も、誰もいなかった――
遠くで銃声が響く。警備AIドローンの1体が撃ち抜かれて動かなくなる。少しすると、再び銃声がする。また1体が動かなくなった。
銃声の方角を見る。ビルの上? また銃声がする。索敵範囲外なのかその銃撃に対応する様子はない。
気付けば、私を取り囲んでいた警備AIドローンは、全て動かなくなっていた。
「こっち!」
「え?」




