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Scene.2 慣れないアナログ環境

 とにかく、さっそく任務に当たり……たいところだけど、AIによるハッキングに備え、極限までネットワークを遮断したヤマトシェルターの中では、通信機器はもちろん使えない。


 そのため、数百人が収容されている広い敷地内を自分の足で探すしかなかった。


「……どこから手を付ければいいのか」


 つい先日まで、AI依存社会に住んでいた私にとって、酷いストレスに思えた。


 隊員の写真に名前が書かれたものは渡されているけど、その他にデータはない。検索できれば……そんな衝動が込み上げる。


 五十嵐さんの写真を見ながら歩いていると――ドンと誰かにぶつかる。


「ごめんなさい」


「ご、ごめんなさい、って隊長じゃないですか」


 謝罪が重なると同時に、そんな言葉が聞こえる。彼女の顔を見つめる。


「あ……柊、このはさん、でしたよね?」


「は、はい。深刻な顔して、どうしたんですか?」


「正直に言うと、アナログな環境に慣れなくて」


「あ、ああ、分かります。あたしも最初はてんてこ舞いでした」


「良かった。ところで、柊さん。新しい任務を受けたんですけど、皆さんの居場所、知っていたりしませんか?」


「だ、だいたい見当は付くと思います。一番確実なのは、五十嵐さんですね」


 私は手元の写真に目を落とす。


「あ、あの人、すごく真面目なので、いつもトレーニングルームにいるんですよ」


「確かに居そうですね。行ってみましょう」


「あ、案内します」


 柊このはさん。何となく彼女になら、話しかけられる気がした。そして、並んで歩く彼女に、どうしてこの組織にいるのか尋ねた。


「だ、だいぶ前なんですけど、私自身が霊に取り憑かれまして……その時に助けてくれたのがヤマトなんです」


「それは大変でしたね。でも、間に合って、本当に良かったです」


「は、はい。それから、あたしも誰かを救いたい、ヤマトに恩返ししたいと思って、志願した感じです」


「すごい。私は成り行き任せなので恥ずかしく思います」


「で、でも、隊長の霊力は鬼級なのが羨ましいです。あたしなんて、低級ですよ、悲しい……と、落ち込んでたら着いちゃいました。この中です」


 1つのビルの前に立った私たちは、扉を手動で開けて、中に入る。何枚か扉をくぐり抜けると、開けたフロアに出る。


 トレーニング機材が転がり、一角にはリングがある。


 その上では、スパーリングする人の姿がある。1人は知らない人だけど、もう1人は――


「五十嵐さん……」


 スパーリングが終わるのを待ち、近付く。汗がしたたり、筋肉質な体が露わになっている。彼の短髪は額に張り付き、目元を隠している。


「沙庭か。どうした?」


「新しい任務を受けまして」


「分かった。10分だけくれ。すぐ着替える」


「はい」


 はだけたワイシャツ姿で出てきた五十嵐さんに、少しだけドキッとしてしまう。


「不便だろ? シェルターは」


 私と柊さんより、少し前を歩く五十嵐さんは、振り向きながらそう言った。


「はい。通信ができないというのが、こんなに不便だと思ってもいませんでした」


「1900年代前期までは、まともな通信なんてなかった。このシェルターのような暮らしが当然だったらしいがな」


「それ、教科書で習った気がします。実感はなかったですけど」


 そんな話をしているうちに、シェルターの中心に位置する時計塔の前にいた。シンボルらしく、最初の案内で熱弁されたのですぐ覚えた。


「つ、次は狐火さんがいると思われる場所です」


 柊さんが指すのは、その塔の頂上だ。


「はぁ……はぁ……た、体育は、苦手、はぁ……なんです」


 息を切らせる私をよそに、五十嵐さんと柊さんはひょいひょい階段を駆け上がる。


「大丈夫だ。沙庭も鍛えれば慣れる」


 ようやく登り切った先には、両手をかざし、空を仰ぐ狐火さんの姿があった。


「まだ祈り始めたばかりぞえ?」

 

「新しい任務だそうだ」


 不機嫌そうな狐火さんに、五十嵐さんが伝える。


「人遣いの荒い組織よの」


「業界全体の人手不足さ」


「年寄りを労る精神はないのかえ」


「お偉いさんは、俺たちのことなんて駒としか思っちゃいない」


 五十嵐さんと話し終えた狐火さんは、ため息をついて片付けを終える。


 ゆっくり立ち上がると、私に近付く。足先から頭まで、舐めるように吟味される。


「神は不公平じゃの」


 その呟きは、私に聞こえる程度の声だった。どういうことだろう?


「つ、次は新ちゃんですね。市場で遊んでいると思います」


 市場に着いた私の視界には、車輪の付いた板に乗り、飛んだり、回ったりする子供たちの姿が映る。


 楽しそうにしている一団に、新太郎くんの姿があった。


「お? 皆やないか。どないしたん?」


 私たちの姿を先に見つけると、板を持ったまま駆け寄ってくる。その板を見て、五十嵐さんは尋ねる。


「相変わらずスケボーか」


「せや。どちゃくそおもろいんや」


「好きなことがあることはいいことだ。楽しんでるところ悪いが、新しい任務だ」


「ほんまかいな。さっき戻ったばっかりやんか。ボード置いてくるわ」


 最後は――


「あやつのことじゃ。スラムの路地裏じゃろ」


 狐火さんのナビゲートで、路地裏に着くと――


「ぐふふ……ここに赤色を差すのは我ながら天才的だ、わはは」


 壁に奇妙な絵画が描かれていた。印象としては不気味、そのひと言に尽きる。


「奴は絶望をテーマにしたアートで世間の注目を集めたが、その内容がAIの目に留まり、犯罪者扱いとなって、ヤマトが匿った」


 私の不信感を察した五十嵐さんが、九条さんを紹介してくれた。


「九条はあれでも、霊力は超級やで。隊では姉ちゃんの次や」


 新太郎くんが補足してくれる。少しずつだけど、隊のメンバーを知ることができたのは大きい。


「おい、九条。任務だ」


「任務? あひゃひゃひゃひゃ、行く行く行くぞぉぉぉっ!」


 五十嵐さんが呼びかけると、九条さんは嬉しそうに合流する。任務が嬉しいのだろうか。


「皆さん、揃いましたので、今回の任務の説明を――」


 説明をひとしきり終えると、五十嵐さんが立ち上がる。


「――なるほど、次は新宿区市ヶ谷加賀町か。お前ら、行くぞ」

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