Scene.11 このは死す
「各自、警戒を怠るな。奴のことだ、二重、三重に罠を張っているに違いない」
作戦行動が開始されたのは文京区の基地のすぐ上。そこで有村は目撃された。
狙いは何?
「さ、三時方向、巨大霊障です」
「さっそくお出ましか、その処理は俺と九条で対応する。行くぞ九条」
「ぎゃはは」
五十嵐さんと九条さんは奥へと進んだ。
「姉ちゃん、こっちも敵や、巨大霊障やで」
「それじゃ私が――」
「お主は妾たちの切り札じゃ。そう慌てるでない」
「せやで、うちらでちょちょいと叩いてきたる」
狐火さんと新太郎くんはそちらに向かった。
……おかしい。敵の出現タイミングが良すぎる。
私は慌てて辺りを見渡す。どこかに有村がいる気がした。
「御名答」
声がした瞬間、背筋が凍った。振り返った先に有村が立っていた。笑っている。こんな状況でも、この男は笑っている。
「よくこんな場所で飄々とやっていられるものね」
「やっていられるさ。僕は霊体を操れるんだ。君たちを足止めする程度の霊障なら、すぐに作れるのだから」
「……狙いは何?貴方が私の両親を殺したの?」
その言葉に、有村は少しだけにこやかな笑顔を浮かべた。
「君のご両親が存命な限り、高霊力者は作られる」
有村は少し間を置いた。まるでこちらの反応を楽しむように。
「それでは、ヤマトは終わらない」
「だから殺したっていうの?」
「そうさ」
パンと銃声が走る。当たらないと踏んでいたのか微動だにしない有村は、狙撃主であるこのはさんを睨む。
「困るんだよね、せっかく喋っているのに」
徐々に早くなる有村の足取り。もう一度、銃声が響くが当たらない。
「このはさん、逃げて!」
逃げようとするこのはさんだったが左手を掴まれて締め上げられる。
そして、慣れた手つきで出されたナイフが首筋に立つ。
「君には何度も邪魔されているからね」
「有村! やめて! 望みは何?」
「た、隊長……」
生身の人間に対して、霊力をどれだけ込めても、ただのダーツにしかならない。
だけど、この距離を一気に詰めて反撃するすべも持ち合わせていない。
「狐火は助かったようだけど……彼女にはここで退場してもらおう」
「やめ――」
「た、隊――」
次の瞬間、音がした。湿った、いやな音が。
鮮血が宙に弧を描く。力なく倒れるこのはさんの姿が目に映る。
周りには誰もいない。今度は助けられない。怒りが私を支配した。
無駄だと分かっていたダーツを投げ、殴りかかった。
「おやおや、いつもの冷静さはどこへいった沙庭命」
無力な自分が悔しくて、鬼級とか言われても有村の前じゃ何もできなくて、涙が溢れてくる。
一撃でいい。やり返してやりたい。
「クソッ! 有村! クソッ!」
「滑稽だね、それが奇跡の鬼級と呼ばれるヤマトの申し子の姿かい」
「うるさいっ!」
「君だって両親に作り出された高霊力者なんだよ、自覚しているかい?」
「黙れっ!」
「本当にヤマトは正しいと言えるのだろうか」
私の拳を受け止めた有村は、そう告げる。
「君なら全てを壊せる神になれる。僕と来ないか?」
「……」
ひゅるるるという音がする。有村は私を突き飛ばし、自分も後ろに飛んだ。先ほどまでいた場所が爆発する。
誰?
「隊長! 有村聖を確認、追撃する。あと……ここに女性の遺体が1つある、身元確認して移送してくれ」
遺体。その言葉が、頭の中で反響した。このはさんが、もう遺体と呼ばれている。
気づけば、1人の男性が目の前に立っていた。
「こちら、ヤマト1番隊隊長の風華。そちらの所属を」
「あ、はい……2番隊隊長、沙庭です」
動転する中、かろうじて答える。
「司霊官命令です。2番隊は下がってください」
◇◇◇
ドンと壁を殴る音が響く。
「くそ……有村にいいように転がされてる。これじゃ、あの時の二の舞だ」
深い怒りの籠った五十嵐さんの声だけが、通路に残る。
「柊でなく、妾が命と共に行動しておれば良かったの……惜しい命を無くしたよの」
それ以上、誰も口を開かないまま、基地の中に戻った。
妙な撤退命令の事情を司霊官に聞くことにした私は、皆には、その場で待機をお願いした。
「何故か、か。今の2番隊では、数体の巨大霊障を相手にするには戦力不足だからだ」
「なら、最初から1番隊にすればよかったじゃないですか。そうすれば、このはさんも……」
「他の任務で出ていた。君たちが時間稼ぎをしてくれたおかげで間に合った。ただそれだけだ」
不満そうにする私に、司霊官は「有村の件は1番隊が引き継ぐ」と告げた。
私のお父さんとお母さんも殺されたのに。
私の目の前でこのはさんが殺されたのに。
自分の手で仇が討てないと思うと、妙に虚しく感じた。
皆の元に戻った私は、事情を説明し、解散を命じた。不満げなのは皆、一緒だった。
「沙庭、少しいいか」
五十嵐さんに呼び止められる。
「次からは何があっても俺をあんたに同行させろ」
「どうしてですか?」
「有村を殺せるのは、柊の拳銃か俺のこれだけだ」
そう言って、掲げるのはいつも使っている刀だった。そうなのだ。有村と対峙するには、物理的殺傷力がないと話にならないのだ。
「柊は本当に残念だった……」
そう言って、五十嵐さんは刀を下ろして俯いた。
「俺はあいつに伝えてあった。有村を殺せるのは、あいつか俺だと。だから、あいつに覚悟はあったはずだ。だが……人殺しへの躊躇が勝っちまったんだろうな」
そして、顔を上げた五十嵐さんは、燃えるような瞳で私を見つめる。
「次は絶対、奴の思い通りにさせない。そのためにも、あんたに常に同行させろ」
「分かりました。任務に出る際はお願いします」
「ああ。俺はあんたを絶対に守る」
仲間の死に、落ち込んでいる私は、そんな力強く、頼りがいのある五十嵐さんを少し好きになり始めていた。
1日、間が空いた。
その間に、私はいろんなことを考えていた。
ヤマトは正しいのか。
私の両親が本当に違法にも関わらず、人工的に高霊力者を生み出していたとしたら。私もその1人だとしたら――
答えのない疑問の連鎖にウンザリした頃、司霊官からの呼び出しがあった。
「――と言う訳で欠員のある部隊に頼って申し訳ないが、至急向かってくれ」
このはさんの死をただ欠員で片付ける組織が正しいのだろうか――
「聞こえているかね、沙庭くん?」
「仲間が死んだばかりで、さらに仲間を死に追いやるようなことは、したくありません」
「……どういうことかね?」




