第213話 アメリカン・ドリームの男 1
オレが渡米した時。
研究室の中で右往左往していた時に親切に教えてくれた男がいた。
名前は……そうだな、ジャックとでもしておこう。
ジャックは脳神経外科のレジデントだった。
5年間のプログラムのうちの1年がアカデミック・イヤーとなっており、研究室に来ていたのだ。
オレたちの研究室は画像処理をしていたので、どうしてもPhDが多くなる。
PhDというのは医師ではなく、純粋な研究者という意味だ。
なので、少数派の脳外科医同士、話が合った。
オレが日本からだというと、当然、タカ・フクシマの話になる。
福島孝徳先生は後に神の手として日本のマスコミにも取り上げられるようになった。
簡単に言えば、世界一の手術の名手だ。
「シントーを教えてくれないか。俺もタカ・フクシマみたいになりたいんだ」
福島先生のお父上が明治神宮の宮司だったと聞いたジャックは、神道を知れば脳外科の手術上達に役立つんじゃないかと思ったみたいだ。
福島先生に弟子入りしようと考えたジャックは、オレにもジョブ・インタビュー、いわゆる面接試験について来てくれ、と言った。
実物の福島先生に会うことができるのか!
そう思ったオレは夫婦でジャックに同行した。
福島先生はすでに診療の場を日本からアメリカにうつして、大活躍中だった。
プロ野球でいえばイチローと松井と大谷を足したみたいなもんだと言えばわかるだろうか。
この時にオレたち夫婦と福島先生の3人で撮った写真は今でもウチの家宝として大切にしている。
ジャックのその後はどうなったのか?
野心と希望に燃えて居をうつしたジャックはあまりうまく行かなかったようだ。
翌々年だったかにモントリオールの学会でバッタリ出くわしたら、奥さんとは別居中だという。
もう憔悴しきっていて、どうにもならなかった。
以来、ウン十年。
日本に帰ったオレはひょんなことからジャックの消息を知った。
フェイスブックだか、ツイッターだか。
偶然つながったジャックの方も驚いていた。
早速、家族の写真が送られてくる。
テキサスの自宅のプールを背にして新しい奥さんと5人の子供たちに囲まれているジャック。
「おおーっ! ジャックも太ったわねえ。でも、こんな豪邸に住んでいるなんて、まさにアメリカの脳外科医って感じね」
後ろから写真を覗き込んだ妻が言った。
ついにやったな、ジャック!
やっぱりアメリカン・ドリームってのは、こうあって欲しいもんだ。
(続く)




