第2話 死を覚悟した男
オレが妻と時々行く洋食屋、うぐいすグリル。
何を食べても旨いが、とくにスパゲティ・ナポリタンは絶品だ。
太目でフワッと茹でられた麺はソースとほどよく絡まっている。
厨房で頑張っているのは親父1人だけ。
アルバイトの姉ちゃんたちは、皆、ポーッとしている。
下手すると予約の電話を受けるのも親父の役目。
受話器を顎に挟んだまましゃべりながらフライパンを操っている。
まさに名人芸だ。
いつもの事ながらオレは感心してしまう。
さて、オレの働いている病院には歯科・口腔外科がある。
なので、勤務時間中に時々お世話になる。
時にはデンタルドリルで歯を削られる。
患者としてはあまり気持ちのいいものではない。
その一方で職業的興味もある。
オレたち脳外科医もハイスピードドリルを使う。
診療科は違えど基本は一緒だ。
ドリルを持つ右手をどこかにあてて固定する。
決して空中に浮かせてはならない。
不安定な状態では正確に削れないからだ。
ドリルを口から外に引き出すときには回転を止めてからにする。
そうしないと先端が粘膜や舌に触れた時に大惨事になってしまう。
オレの歯を削る梨田先生は慣れた手つきだ。
ドリルの扱いも基本通りなので安心しきっていた、次の瞬間までは。
「梨田先生、電話です」
どうやら机の上に置いていた梨田先生の院内PHSを誰かがとったらしい。
「今、出れるわけないだろ!」
そりゃそうだ、後にしてくれ。
今はオレの歯に専念してもらわないとな。
「手術室からですけど」
「じゃあ出よう」
外科系診療科にとって手術室からの連絡は最優先だ。
でもオレの歯はもっと優先……のはずだった。
「耳にあててくれるか」
ちょっと待った。
うぐいすグリルか、ここは!
まさか、歯を削りながらPHSに応答するつもり?
そんな超絶技巧、やめて下さい(泣)。
「ううう、あああ」
口の中にドリルが入ったままなので意思表示ができない。
額から汗が噴き出す。
オレは死を覚悟した。
と、回転音が止まった。
オレの口からドリルが引っこ抜かれる。
両手がふさがったままの梨田先生が応答していた。
PHSを耳に当てて支えているのは歯科助手のようだ。
そうか。
唾液や歯の破片が飛び散っているもんな、手袋に。
確かにそんな手でPHSを持つわけにはいかない。
オレは歯科用チェアの上で虚脱した。
スパゲティ・ナポリタンにされるかと思ったぜ。




