第43話 体育館の裏から出てくる男
オレは中学校入学とともに卓球を始めた。
すぐに木之瀬という2年生の先輩に目をつけられた。
ようやく順番が回ってきて打球練習ができると思ったら、走って来い、と言われる。
先輩の命令は絶対なので、仕方なくグランドに走りに行く。
木之瀬は横暴であったが、卓球も強かった。
3年生に混ざってレギュラーとして活躍している。
理不尽な扱いは辛かったが、それ以上にオレは卓球が好きだった。
だから休みの日でも練習に行った。
幸い木之瀬は休みには顔を見せない。
ある日曜日に練習に行くと、谷倉さんという2年生に出くわした。
体育館の裏でタバコを吸っていたのだ。
休みの日に練習に来るのは真面目なんだろうけど、喫煙はいただけない。
「おっ、丸居じゃねえか。ちょっと教えてやろうか」
レギュラーでもないのにずいぶん上から目線だ。
しかし谷倉さんの指導は理論的だった。
「いいか、カットサーブには2種類ある。切れたものとナックルだ」
初めて聞く話だった。
「ナックルというのは切ったように見せて切れてない球のことだ。これで相手のレシーブを浮かせておいてスマッシュを決めろ」
なるほど。
切ったサーブで相手のネットミスを誘うだけでなく、切っていないサーブでチャンスを作る両面作戦ってわけだ。
しかし谷倉理論の真骨頂はここからだ。
「レシーブする人間は何をもって相手のサーブの切れた切れてないを判断するのか。それはラケットに当たった球が第1バウンドするまでの時間なんだ。これが短時間だと切れた、長時間だと切れていない、そう無意識に感じるわけよ」
オレはその理論の精密さに驚愕した!
単にタバコを吸っているだけの人ではなかったんだ。
「だからナックルを出すときはラケットに当てた球をできるだけ速く第1バウンドさせろ。そうすることによって相手に切れたと錯覚させることができるんだ」
谷倉さんの理論は奥が深かった。
どうやって実戦に使うかまで考えていたのだ。
以来、オレは時々やってくる谷倉さんに教えを乞うた。
それはもう徹底的に試合を意識した練習法だ。
たとえば、バックサイドに回り込んでフォアでスマッシュするときの移動法はボクシングのフットワークや剣道の摺り足と全く同じだ、と言われて目からウロコが落ちた。
動きながらも体勢を崩さないためには必然的に同じ足の運びになる。
谷倉さんはオレに見本だけ見せて、体育館の裏に消えていった。
後は自分でやれ、ということだ。
卓球台がなくてもできるので、オレは家でもフットワークの練習を重ねる。
お蔭で、少しずつ上達しているという実感を持つことができた。
それにしても何でこの人がレギュラーじゃないんだろう。
さて、秋が過ぎ、冬になり、年が明けた。
ある日、部内で紅白戦をすることになった。
2年生対1年生だ。
もちろん1年生が2年生に歯が立つはずもない。
次々に負けていく。
そんな中、オレの順番が回ってきた。
何の因果か、相手は木之瀬だ。
試合前にオレに近づいてきた木之瀬はこう言った。
「丸居。お前、強くなったらしいな」
多芸な木之瀬は軽音楽もしていて卓球の練習にはあまり来ていなかった。
でも風の噂にオレが上手くなったことは聞いていたらしい。
オレは余計な事は考えず、試合に集中した。
最初は一進一退の試合だったが少しずつ点差が開いていった。
オレが1点決めるたびに後ろの1年生たちの声援が大きくなる。
そして、ついにオレは木之瀬に勝った。
文句なしの完勝だ。
1年生全員が狂喜乱舞した。
「丸居、やったな!」
1年生の中でもあまりオレと親しくなかった連中まで一緒に喜んでくれた。
「いやあ、オレなんか才能がなくて努力だけだからな」
オレは本当にそう思っていた。
「いや、努力も才能のうちだぞ」
何とまあ!
中学1年生とは思えない名言だ。
そして、その後のオレの人生を決定づけた言葉になった。
努力《《こそ》》、才能だ!




