第989話 渡米する女 7
オレはひたすら考えた。
そもそも渡米などという大それたことがいきなり自分の人生に降って来るなんて思ってもいなかった。
ひょっとして日本で働いて経済的に妻の留学を支えた方がいいのかもしれない。
いくら授業料は奨学金で賄うといっても在米中は収入が途絶えるわけだ。
なけなしの貯金をはたいても果たしてやっていけるのか?
それやこれやを考えながら、脳神経外科教授のところに相談に行った。
教授は一言「着いて行ってやれ」と。
「でも、妻の留学に着いていく亭主なんか前代未聞じゃないですか?」
オレがそう言うと「いや、ワシが知っているだけでも4人はいるぞ。そして全員が立派に出世した」と返された。
さらに「ワシはお前の職業人生にも責任があるが、結婚生活にも責任があるからな」とも。
よく考えたら、我々夫婦が結婚するにあたり仲人を頼んだのは教授だった。
他に脳外科の上司や留学経験のある同僚たちにもアドバイスを求めたが、全員が口を揃えて「行け、そして生きて帰って来い!」とオレをけしかける。
「向こうで主夫をするのもいいんじゃないか」
「アメリカにはコミュニティ・カレッジというのもあるから、そういう所で学ぶという方法もあるぞ」
皆、他人事だと思って言いたい放題だ。
ちなみにコミュニティ・カレッジというのは、日本でいうところの専門学校か各種学校みたいなものらしい。
別に学位を取ろうってわけじゃないので、学べさえすれば何処でもいいのだけど。
もし日本での研究を米国でも継続するとすれば、脳虚血か画像支援手術ということになる。
前者は研究分野として確立されていたが、オレ自身はあまり成果を出せていなかった。
後者はCTやMRIのデータを使って三次元画像を作成し、手術計画に用いようというものだ。
こちらは研究分野としては全く確立されていなかったが、なんせ面白かった。
寝食を忘れて画像を作成しては、それを手術室に持ち込んでいた。
ただ、自分のパソコンではいかにもパワー不足であり、また市販の画像ソフトウエアは帯に短し襷に長しといった状態だった。
そんなオレの思いとは裏腹に、海外からは目を見張るような画像が次々に発表され、差をつけられる一方だった。
それでもオレは自分なりに工夫した画像を作成し、それを使った手術を行い、そして論文を書いて投稿した。
めでたく受理される事もあれば門前払いという事もあった。
新しい分野だけに査読者のコメントも見当外れだったりする。
オレも言いたい事は沢山あったが、いきなり門前払いされたら抗弁する機会すらない。
そんな中。
ある学会のポスター展示でひときわ目を引く美しい脳の画像があった。
日本人研究者の発表だが、ボストンのブリガム・アンド・ウイミンズ病院で実際に手術に応用されているとのこと。
ブリガム・アンド・ウイミンズ病院という名前はその時に初めて知った。
が、ハーバード・メディカル・スクールとハーバード公衆衛生大学院に隣接した教育関連病院だ。
しかもポスター展示していた研究室の名前はそのものズバリ!
Surgical Planning Laboratory (手術計画研究室) というものじゃないか。
これだ、これしかない!
急いでオレは教授を通じて、関係者に連絡を取った。
この事がオレの運命を大きく変えることになる。
(続く)




