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第984話 渡米する女 1

 これから何回かに分けてオレの経験した米国留学について述べようと思う。


 そもそもオレが留学したのは立派なこころざしがあったからではない。

 単に妻についていっただけだ。


 妻はオレと知り合う前、まだ医学生だった頃から留学を意識していたんじゃないかと思う。

 だから週1回の英会話学校にもかよっていた。

 学校といっても、米国人講師との1対1のレッスンだ。


 オレと結婚して引っ越したため、英会話学校が遠くなってしまった。

 近くなら通えるものが、遠くなると、中々そうは行かない。

 ともすれば行くのが面倒になる。

 それを励まして妻を車に積み込んで英会話学校まで連れて行くのがオレの役割だった。


 家から英会話学校まで車で30分ほどだっただろうか。

 1時間のレッスンの間は、近くのハンバーガー屋で雑誌を読みながら時間をつぶす。

 そして英会話学校の前で妻を回収して家まで連れて帰る。

 だいたいそんな感じだった。


 オレ自身は特に留学を考えているわけではなかった。

 が、独学で英語は勉強していた。

 しかし独学だとどうしてもサボりがちになる。

 だからさしたる成果は上がっていなかった。


 さて、ひとことで米国留学といっても色々な形態がある。


 米国の医師免許をとって臨床留学する方法。

 リサーチ・フェローとして研究室に所属する方法。

 そして、米国の大学院に入る方法。


 他にもあるかもしれないが、パッと思いつくのは上記の3つだ。


 この中で最も多いのは2番目の研究留学というものだ。

 特に何らかの資格は不要で、医師である必要すらなかった。

 TOEFLとかTOEICの点数も要らない。

 必要なのは長期滞在可能なビザだけだ。


 ただ、こういうのはウン十年前の話であって、現在は違っている事と思う。

 久しぶりに来日したボスやその部下の日本人留学生たちに訊いてみると、今は研究留学であっても色々な手続きが必要なのだそうだ。


 それはさておき。


 妻が目論もくろんだのは米国の大学院に入ることだった。


 もともと内科医であった妻は研修が終わった後に母校の大学院に進んだ。

 内科ではなく学生時代に出入りしていた公衆衛生学教室だ。


 ある日の事。

 長期滞在していた米国人教授がカンファレンスで「皆さん、奨学金の募集がありますよ。幸い、私も審査員の1人なので、お力になれると思います。どうぞ応募してください」とアナウンスした。


 ピコーン!


 そうひらめいた妻は早速、応募することにした。

 何をするにも先立つものはかね

 そのためには奨学金獲得に向けての準備をしなくてはならない。


 手始めに英語能力証明のためにTOEFL(トーフル)を受験した。

 当時のTOEFLは満点が670点くらいだったと思う。

 しかし、妻の点数は535点だった。

 当該奨学金の応募資格が530点以上だったのでかろうじてセーフだ。


 次に英語での面接試験に臨まなくてはならない。

 その準備のためにオレが本屋で買ってきたのは「面接の達人」シリーズだ。

 でも就職試験の時期を大きく外れていたため、「面接の達人・転職編」という本しか売っていなかった。


 それでも全く無いより100倍はマシというもの。

 これを頼りにオレが審査員役となって面接の練習を開始した。


(次回に続く)



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