第929話 爵位をもらった男
何年ぶりかで学生時代の友人、樺島に会った。
こいつは医学部の同級生だけど画期的新薬を開発した男だ。
彼の新薬はターゲットの疾患ばかりか、新型コロナにまで効果がある。
この話にはオレも知らなかった続きがあったのだ。
全世界でコロナが猛威を振っていたある日のこと。
樺島にヨーロッパの某小国の厚生大臣から連絡があった。
「私たちを助けて欲しい」というものだ。
聞けば通常のコロナ死亡率が2%のところ、彼の国では10%にも達し、人口数万人の国が滅亡の危機に瀕しているのだと。
ワクチンも治療薬も何もなかった時期、コロナとの戦いはその国の経済的パワーを含む総合力に委ねられていた。
世界で小さい方から何番目という国では到底コロナに太刀打ちできなかったのだ。
で、樺島は画期的新薬の開発者としての特権をフルに利用して販売元製薬会社、開発元の外資系製薬会社、さらには日本の厚労省、外務省に働きかけた。
皆が彼の心意気に賛同して動いて……は、くれなかった。
いかに画期的新薬とはいえ、新型コロナに対しては適応外使用だ。
だから法律に則った使用以外には二の足を踏んだのか。
あるいは、忙しすぎる担当者が黙って握りつぶしたのか。
それぞれの組織にはそれぞれの論理があったのだろう。
それなら、と樺島は自分で新薬を購入した。
正規価格で購入する分には誰にも文句は言われない。
幸いにも某小国と日本との間には国交があった。
樺島は1バイアル5万円余りする新薬をスーツケースに詰め込んで東京にある某小国大使館に持ち込んだのだ。
そのスーツケースは煩わしい手続きの不要な外交ルートで某小国に搬入された。
「あの薬は高価だから感染者全員に使うわけにはいかないんだ。でも、呼吸器がついてICUに入るような状態になってしまってから使っても効果が期待できない。だから病初期にCRPがドーンと上がった瞬間に1回だけ、ホントに1回だけ使ったら効くわけ」
そう熱弁する樺島にオレは尋ねた。
「お前、それ患者で試してみたのか?」
「日本では使えないよ、適応外使用だからさ」
「じゃあ、どうやってそのタイミングを掴んだんだよ」
「薬効のメカニズムを考えたら、そのタイミングしか無いわけ」
実に開発者ならではの発言だ。
で、新薬の到着した某小国では現地の医師が樺島のアドバイスを忠実に守って治療した。
その結果、信じられないことに治癒率100%を達成してしまったのだ。
喜んだ某小国はコロナ騒ぎが下火になってから樺島を招き、爵位を授与してくれたのだとか。
現地の新聞でも樺島は英雄として1面トップに取り上げられた。
オレとともに話を聴いていた級友が尋ねた。
「自分が作った薬を自分で買ったのか。でも何百万円とかしただろう、合計の値段って」
「よく訊かれる質問だから、いつも『1000万円と1億円の間』とだけ言ってるんだ。でも俺、酒も飲まないし女遊びもしないからさ。金ってのはこういう時に使うべきもんだって思ったわけよ」
オレたちは感心しながら爵位授与式の写真を見せてもらった。
写真の中に樺島と並んで美しい金髪の女性が写っている。
彼女が某小国の厚生大臣なのだそうだ。
「お前も偉い奴だけど、論文を探し当てて正しい人間に助けを求めてきたその国の厚生大臣も凄いよな」
級友がそう言うとオレも思わず頷いた。
彼女こそ自国を救ったヒロインだと思う。




