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『異端審問官ルシルの検死記録 ~没落令嬢は真鍮のメジャーで死体の嘘を測る~』  作者: w.t.


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第31話  「三つの嘘」前編

朝になっても、雨は止まなかった。

ルシルは、一睡もしていなかった。


遺体の部屋で、夜を明かした。

メジャーを、握ったまま。


(……三つ、おかしい)

(……密室。消えた所持品。床の、水滴)

(……三つの嘘が、絡まっています)


エリオットが、茶を運んできた。


「……何か、わかったか」

「……ええ。まず、一つ目から、ほどきます」


ルシルは、立ち上がった。

食堂に、客を集めさせた。


バルト。イレーヌ。モレル。老人。そして、宿の主人と、給仕のマリー。

全員が、揃った。


「……これから、お話しすることは、推測では、ありません」


ルシルは、メジャーを、チャキ、と鳴らした。


「……すべて、測った、事実です」



「……一つ目。死んだ時刻です」


ルシルは、遺体を示した。


「……モレル先生は、夕食の後、卒中で亡くなった、とおっしゃいました。マリーさんが、夕食の鐘の後、生きている声を、聞いたからです」

「……そうだ」と、モレルが言った。「あれが、最後に、生きていた証拠だ」

「……いいえ」


ルシルは、遺体の、顎に触れた。


「……死後の硬直は、決まった順で、進みます。顎から、首、肩、腕、脚へ。気温によって、速さは、変わりますが、順番は、変わりません」


ルシルは、メジャーで、硬直の進み具合を、測った。


「……この遺体。硬直が、脚まで、達しています。気温は、昨夜から、低い。それでも、ここまで進むには、時間がかかります」


ルシルは、顔を上げた。


「……この人が死んだのは、悲鳴の、四時間以上、前です」


食堂が、ざわついた。


「……四時間前というと」と、エリオットが、低く言った。

「……夕食の鐘の、前です」


ルシルは、はっきりと、言った。


「……この人は、夕食の鐘が鳴る前に、もう、死んでいました」


モレルが、立ち上がった。


「……馬鹿な! マリーが、声を、聞いている! 鐘の後だ!」

「……ええ。マリーさんは、声を、聞きました」


ルシルは、マリーを見た。

マリーは、青い顔で、立っていた。


「……でも、それは、死んだ人の、声では、ありません」



部屋が、静まり返った。


「……どういう、意味だ」と、バルトが、唾を飲んだ。


「……マリーさんが、盆を運んだとき、金貸しは、もう、死んでいました。椅子に、座ったまま。だから、扉を開けて、盆を置いた人は、返事を聞いていない」


ルシルは、続けた。


「……『うるさい、置いていけ』。その声は、扉の、外から、聞こえたんです。階下の、皆さんには」

「……外から?」


「……誰かが、金貸しの声を、真似た。扉越しに。一言だけなら、真似られます。低い、不機嫌な、いつもの、決まり文句なら」


ルシルは、メジャーを、握り直した。


「……だから、皆さんは、騙されました。『鐘の後、金貸しは生きていた』『その後、全員が食堂にいた』『だから、誰にも、殺せない』。そう、思い込まされた」


ルシルは、一同を見回した。


「……でも、本当の犯行は、もっと前。鐘の、前です。そのとき、皆さんが、どこにいたか。アリバイは、崩れました」


バルトの顔が、青くなった。


「……俺は……鐘の前は……部屋で、休んでいた……一人で……」


イレーヌが、目を伏せた。


「……わたしも……一人でした……」


老人は、何も言わなかった。ただ、暖炉の火を、見ていた。

宿の主人が、太い腕を、組んだ。


「……俺は、厨房にいた。だが、証明する者は、いない。鐘の前は、マリーも、配膳の支度で、厨房を出たり入ったり、していたからな」

「……はい」と、マリーが、小さく答えた。「……あちこち、動いていて……ずっと厨房に、いたわけでは……」


マリーの声は、震えていた。

けれど、震えているのは、マリーだけではなかった。バルトも、イレーヌも、声が、揺れていた。人が一人死んで、全員が疑われている部屋で、震えない者の方が、少なかった。


ルシルは、内心で、思った。


(……一つ目の嘘を、ほどいただけで、全員のアリバイが、消えました)

(……バルトも、イレーヌも、主人も、マリーも。鐘の前は、誰もが、一人になれた)

(……これで、全員が、また、容疑者に戻りました)



「……二つ目」


ルシルは、遺体の、右手を、示した。


「……この人は、死ぬとき、何かを、握っていました。指の形が、それを、語っています」


ルシルは、メジャーを、指の隙間に、当てた。


「……握っていたものの、幅。およそ、三センチ。厚みは、薄い。紙か、布のような、何か」

「……それが、どうした」と、モレル。


「……密室の中から、消えています。誰かが、抜き取った。死んだ後に」


ルシルは、扉の、閂を、示した。


「……この部屋は、内側から、閂がかかっていました。マリーさんが、体当たりで、壊して、入った。皆さんが、見ています」

「……ああ」


「……では、誰が、握っていたものを、抜き取ったのか。密室の、中から」


ルシルは、答えを、言わなかった。

ただ、メジャーを、握ったまま、扉の閂を、じっと見た。


(……閂のトリックが、解ければ)

(……誰が抜き取れたかも、わかります)


ルシルは、閂に、手を伸ばした。


「……三つ目の嘘は、この、閂です」

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