第29話 「同じ型」
夜の記録室は、昼より静かだった。
ランプの油が、燃える音だけがしていた。
ルシルは、机の上に、羊皮紙を並べていた。
一枚。二枚。三枚。四枚。
すべて、書記長室特注の羊皮紙だった。これまで、一枚ずつ、集めてきたものだった。
十五年前の判決記録。十一年前の処分事案。書記係長の証言を消した記録。そして今日、マーガレットから受け取った、納品の記録。
四枚が、机の上で、ランプの光を受けていた。
(……同じ質感)
それは、もう、わかっている。色も、厚みも、同じ工房のものだ。何度も確かめた。
けれど、今夜、測りたいのは、そこではなかった。
(……紙が同じでも、書いた人間が同じとは、限りません)
ルシルは、メジャーを手に取った。
チャキ、と鳴らした。
最初の一枚を、引き寄せた。
改ざんされた箇所を、見た。
元の文字を削って、新しい文字を書き込んだ跡。羊皮紙は、削れる。ナイフで、表面を薄く剥ぐ。剥いだところに、新しいインクを乗せる。
ルシルは、削り跡を測った。
縦三ミリ。横、文字一つ分。削りの深さ、均一。
(……削り方が、丁寧)
次の一枚を、引き寄せた。
同じように、削り跡があった。
測った。
縦三ミリ。横、文字一つ分。削りの深さ、均一。
ルシルの指が、止まった。
(……同じ)
三枚目。四枚目。
すべて、同じだった。
削りの寸法。深さ。角度。
まるで、同じ手が、同じ道具で、同じ呼吸で、削ったように。
(……癖だ)
人は、削るとき、癖が出る。利き手の角度。力の入れ方。一度に動かす距離。それは、本人も気づかない。けれど、紙には残る。
ルシルは、四枚を、横に並べた。
削り跡を、一列に揃えて、見比べた。
(……四枚とも、右上から左下へ、削っている)
(……一回の削りで、三ミリ)
(……力が、最後だけ、わずかに抜ける)
四枚に、同じ「抜け」があった。
削り終わりの、ほんのわずかな浅さ。指が疲れて、力が緩む、その一瞬。四枚とも、同じ場所で、緩んでいた。
(……これで、一つ)
ルシルは、次を、測った。
削ったあとに、新しい文字を書く。その前に、書き手は、まっすぐ書くための線を、薄く引く。鉛の線だ。あとで消す前提の、下書きの線。
四枚とも、その線が、わずかに残っていた。消し残し。
ルシルは、線の角度を測った。
水平から、二度。右上がり。
次の一枚。二度。右上がり。
三枚目。四枚目。
すべて、二度だった。
(……人は、まっすぐ引いたつもりで、利き手の側に、わずかに上げる)
(……この人は、二度。いつも、二度)
(……これで、二つ)
最後に、枠を見た。
改ざんした数字を囲む、点線の枠。四枚すべてに、あった。
ルシルは、枠の余白を測った。文字と、枠線の間の、隙間。
上、一ミリ。下、一ミリ。左右、二ミリ。
次の一枚も、同じ。上下が詰まって、左右が広い。
四枚、すべて、同じ余白だった。
(……枠の取り方まで、同じ)
(……削りの癖。線の角度。余白の比率)
(……三つとも、一致しました)
(……同じ人間が、書いています)
(……十五年前も、十一年前も、今日見つけた記録も、全部)
ルシルは、手帳を開いた。
【改ざん四件。削り跡の寸法・角度・力の抜けが一致。同一人物の手による】
筆を、置いた。
扉が、軽く叩かれた。
「……まだ、いたか」
エリオットだった。こんな時間に、珍しかった。
「……ええ」
「……灯りが、漏れていた。地下の窓から」
「……見回りですか」
「……気になった、だけだ」
エリオットが、机の上の四枚を見た。
「……並べて、何をしている」
「……同じ手かどうか、測っていました」
「……それで」
「……同じ手でした」
ルシルは、四枚を、指で示した。
「……削り跡が、全部、同じ癖です。削る角度も、力の抜け方も。同じ人間が、同じ道具で、削っています」
エリオットが、四枚を、順に見た。
「……俺には、同じに見えるが、どこがどう同じかは、わからない」
「……わからなくて、いいんです。測れる人間が、一人いれば」
ルシルは、メジャーを、巻き直した。
「……問題は、その手が、誰のものか、です」




