第21話 「測らなくていいもの」後編
お茶を一杯飲み終えた頃、マーガレットが奥から出てきた。
エプロンの裾を整えながら、居間に入ってきた。ルシルを見た瞬間、目尻に皺が深く寄った。
「ルシルお嬢様」
「……マーガレット。変わりありませんか」
「変わりありませんよ。私は、いつもの通り」
マーガレットがルシルの前に立った。じっとルシルの顔を見た。
「……痩せましたねえ」
「……痩せていません」
「痩せました」
「……誤差の範囲です」
「お嬢様、誤差で済む顔色ではありませんよ」
セリーヌが横で、こらえきれないように笑った。
「マーガレット、三秒で論破されたわ」
「……論破されていません」
「されたわ」
マーガレットが椅子を引いて、ゆっくりと座った。
「エリオット様は」
「……外で待っていらっしゃいます」
「まあ」
マーガレットが立ち上がりかけた。
「お呼びしなければ」
「……大丈夫です。あの人は、外の方が落ち着くそうです」
マーガレットが、少し間を置いた。
「……そうですか」
それだけ言って、また座った。
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お茶を二杯目に注ぎながら、セリーヌが言った。
「お姉様、最近、お仕事はどう」
「……順調です」
「お姉様の『順調』は、たいてい、全然順調じゃないときに出る言葉ね」
ルシルは答えなかった。
マーガレットが、お菓子の皿をルシルの前に押した。
「お一つ、どうぞ」
焼き菓子だった。蜂蜜と胡桃の、小さな菓子。没落する前、屋敷でよく出ていた菓子だった。
ルシルはそれを、少し見た。
手を伸ばして、一つ取った。口に入れた。
蜂蜜の甘さと、胡桃の苦みが、混ざった。
(……覚えていますわ。この味)
(……変わっていない)
「……美味しい」
「そう言ってくださると、作った甲斐があります」
セリーヌが、ルシルの顔を見ていた。
何も言わなかった。ただ、見ていた。
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しばらくして、マーガレットが台所に戻った。
居間に、セリーヌとルシルだけになった。
暖炉の火が、少し小さくなっていた。
セリーヌが、自分のカップを両手で包んだ。
「お姉様」
「ん」
「今日、来てくれて、よかった」
「……手紙をもらったから」
「返事は、いりませんって書いたのに」
「……来た方が早い」
セリーヌが、くすりと笑った。
「お姉様らしい」
しばらく、二人は黙って暖炉を見ていた。
「お姉様」
「ん」
「最近、笑ってないわ」
「……笑っています」
「笑ってない」
「……」
「エリオット様といるときだけ、少し。それも、最近は」
セリーヌは、続きを言わなかった。
ルシルも、答えなかった。
暖炉の火が、揺れた。
「お姉様が、お仕事のことを話してくださらないのは、わかってる」
「……」
「でも、わたくし、心配してる。話してもらえなくても、してる」
「……セリーヌ」
「ん」
「……心配させて、ごめんなさい」
セリーヌが、首を振った。
「謝らなくていいの。ただ、知っていてほしくて」
「……ええ」
「お姉様がどこにいても、わたくし、ここにいるから」
ルシルは答えなかった。
(……セリーヌ)
それだけ、心の中で呼んだ。
セリーヌが、ルシルの手に、自分の手をそっと重ねた。
一秒。それだけだった。
(……また、一秒)
(……セリーヌは、いつも、少し先まで考えている)
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帰り際、玄関でセリーヌが言った。
「また来てちょうだい」
「……ん」
「お手紙でも」
「……書く」
「ふふ、嘘」
「……書く」
「お姉様の『書く』は、半年に一度だわ」
ルシルは答えられないかった。事実だったので。
「……セリーヌ」
「なあに? お姉様」
「施設への道。一人で歩かないで」
セリーヌが、少し間を置いた。
「……マーガレットが、一緒に来てくれているわ。いつも」
「……そうですか」
「どうして?」
「……いえ」
セリーヌが、ルシルの顔を見た。
何も言わなかった。
ただ、ルシルの修道服の襟を、さっと一度だけ直した。乱れてもいなかった。
「気をつけて、お姉様」
門を出た。
セリーヌが、門の内側から見送っていた。
エリオットが石の段から立ち上がった。
「……お待たせしました」
「ゆっくりできたか」
「……ええ」
エリオットが、ルシルの顔を一瞬だけ見た。
何も言わなかった。
二人で、街道の方へ歩き始めた。
少しして、エリオットが前を向いたまま言った。
「……セリーヌ嬢、元気そうだったか」
「……ええ」
「そうか」
「……エリオット」
「ん」
「……マーガレットが、施設への道に、一緒に来てくれているそうです」
エリオットが、少し間を置いた。
「……そうか」
「……ええ」
二人は、それ以上は言わなかった。
石畳の靴音だけが、夕暮れの街道に響いた。
ルシルは手帳を開かなかった。
今日は、開かなくていい日だった。
【後編 了】




