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『異端審問官ルシルの検死記録 ~没落令嬢は真鍮のメジャーで死体の嘘を測る~』  作者: w.t.


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第21話 「測らなくていいもの」

 朝、ルシルは記録室で手紙を読んでいた。

 セリーヌからの手紙だった。


 『お姉様 今度のお休みに、お時間ありますか お茶のお支度をしておきます マーガレットも、お会いしたいと言っております 返事は、いりません いらしてくださったら、嬉しいです セリーヌ』


 ルシルはしばらく、その手紙を見ていた。

 便箋の隅に、薔薇の絵が一輪、描いてあった。インクで。


 セリーヌは絵が得意ではない。たぶん本人は「失敗した」と思っている。

 花弁の数が、三枚だった。


(……薔薇は、通常、五枚から七枚。この絵は、数え方次第では三枚)


(……あとで、本人に言いますわ)


(……言わない。絶対に言わない)


 それは、決めていた。

 扉が開いた。


「おはよう」


 エリオットだった。手に、布包み。


「……おはようございます」


「今日、休みか」


「……ええ」


「お前に休みの概念があったのか」


「……今、できました」


 エリオットが布包みを机の端に置いた。


「……俺は、玄関の外で待つ」


「……入らないのですか」


「セリーヌ嬢とお前の時間だ。邪魔したくない」


「……」


「それに、外の方が、俺は落ち着く」


 ルシルは修道服の襟を一度、整えた。

 エリオットが、それを見た。


「……今、襟を直したな」


「……セリーヌの前では、整えるようにしています」


「お前の中の優先順位がよくわかる」


「……失礼」


 エリオットが少し、肩を揺らした。


---


 マーガレットの家までの道は、よく晴れていた。

 王都の朝の市場の脇を抜けた。花売りの娘が、籠いっぱいの薔薇を並べていた。


 ルシルは籠を一瞬だけ見た。マーガレットの庭と、同じ品種だった。


(……一輪、買っていけばよかったかしら)


 それも、言わなかった。


---


 マーガレットの家の門の前で、エリオットが足を止めた。


「……ここで、待つ」


「……はい」


「気にせず、ゆっくり過ごせ」


「……ええ」


 エリオットは、門の外の石の段に、静かに腰を下ろした。

 慣れた所作だった。


 ルシルは門に手をかけた。きしむ音がした。

 あの蝶番、まだ直されていない。


 庭に入った。

 薔薇の香りがした。

 玄関の扉が開いた。


「お姉様!」


 セリーヌだった。

 白いエプロンドレス。今日は髪を、いつもより少しだけ高い位置で結っていた。手に、何も持っていなかった。


 ルシルを見た瞬間、駆け寄ってきた。

 ルシルは半歩、後ずさった。


「……抱きつかれると」


「計測がずれる、でしょう」


 セリーヌが、止まった。


「ふふ、覚えてる」


「……」


「今日は、抱きついていい?」


 ルシルは少し考えた。


「……一秒だけ」


「ありがと、お姉様」


 セリーヌがルシルを抱きしめた。一秒で離れた。本当に一秒だった。


 ルシルは、セリーヌの顔を見た。

 測ろうとして、やめた。


(……正確な一秒)


(……セリーヌは、たまに、私より正確)


「お入りになって」


 セリーヌがルシルの手を取った。

 ルシルはついていった。


---


 居間の暖炉に、火が入っていた。

 燃え盛ってはいなかった。穏やかな火だった。


 マーガレットが朝のうちに、ちょうど良い火加減にしておいたようだった。


「マーガレットは」


「奥でお昼の支度。少ししたら、いらっしゃるわ」


「……ええ」


 ルシルは暖炉の前の椅子に座った。

 セリーヌが向かいに座った。


 机の上には、すでにお茶の支度が整っていた。

 白い陶器のティーポット。揃いのカップが二つ。砂糖壺。小さ小さなお皿に、焼き菓子が三つ。


「お茶、淹れるわ」


 セリーヌがポットに手をかけた。

 ルシルは、しばらくそれを見ていた。


 それから、修道服のポケットに、手を伸ばした。


「……お姉様」


「ん」


「お茶は、メジャーで測らなくていいの」


 ルシルは手を止めた。


「……どうしてわかった」


「お姉様の手が、ポケットに伸びた瞬間に、わかる」


「……出していない」


「出しかけた」


「……出しかけは、計測の範疇に入らない」


「入るわ」


 セリーヌがポットを傾けた。お茶が、カップに注がれた。


 ルシルはポケットから手を出した。空のまま。

 セリーヌが、こらえきれないように笑った。


「お姉様、お茶の量を測ってどうするの」


「……二杯分の、最適な茶葉と湯量の比率を、計算する」


「セリーヌが淹れたお茶は、もう完璧よ」


「……根拠は」


「お姉様の好み、知ってるもの」


 ルシルは答えなかった。

 セリーヌが、砂糖壺をルシルの前に押した。


「お姉様、二つ」


「……一つで足りる」


「二つ」


 セリーヌが砂糖を二つ落とした。ルシルは抗議しなかった。


(……これも、計測ですわ)


(……セリーヌの計測。私の好みの、私が忘れている部分まで、覚えている)


(……負けますわね)


 ルシルはカップを両手で包んだ。

温かかった。


【前編 了】

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