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李斯転生 勝ち確?それとも絶対の無理ゲー?  作者: 杠煬


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4 韓非

お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂けたら嬉しいです。


その男は俺のことをじっと見つめると、おもむろに口を開く。

そして噛んで含めるようにゆっくりと言葉を発した。



「.....どなたかを、待っておいでですかな?」

「え?ええまあ、そうなんですが、何故それを?」

「.....もう、掃き清める必要は、無いかと」



たしかに門の清掃はとっくに終わっている。

なのに箒を持ったままキョロキョロしてたら成る程、その結論にしかならないか(汗)

で、そんなマヌケな俺の直感は、この落ち着いた雰囲気の男が韓非に違いないと告げている。

まさか徒歩でやって来るとは思わなかったけどな。

兎に角、まずは自己紹介だ。



「申し遅れました。わたくしは姓を李、あざなを通古と申します。この屋敷で使用人を勤めながら、荀老師せんせいの門下生の一人として学ばせていただいております」



こういう時は俺から名乗るのが正解だ。

向こうは韓の国の王族に名を連ねる者であるし、それにくらべてこっちはこの屋敷の使用人でしかないのだからな。

身分が下の者から名乗るのが礼儀ってもんだ。



「これはご丁寧に。姓は韓、あざなは子沙と申します」

「同じく姓を韓、あざなは有沙です」



落ち着いた渋い声で名乗りの後、すぐ続けての陽気な声は従者の少年が発したものだ。

この場面でわざわざ名乗るっていうことは、やはりこの少年、ただの従者ではないな?

っていうか、ちょっと待て。

こんな声変わりすらしていない少年があざなを持っているのか??

そんな思いが顔に出ていたのだろう、韓子沙がゆっくりと言葉を紡ぐ。



「.....こうじ.....いえ、実はこの子は、私の従者ではありません」

「は?従者ではない?」

「既に姓でお察しかもしれませんが、実は我们わたくしども、韓の国より参りました。この子は、私よりは、まだ少し嫡流に近いのですが.......」

「ということは、王族の方で?こ、これは大変失礼をいたしました」



まあ、分かってたけどな。

そしてこの従者の少年、韓有沙といったか、の方が実は身分が上ってことか。

歴史考証には自信が無いのでよく分からないが、王族ともなればそんなこともあるのだろうな。



「いーんですよっ!お気遣い無用です。公子おうぞくとはいっても、それはもうかなーりの傍流ですし。だから馬車なんて豪奢(ゴーシャ)なもの使えなくて、こうして歩いて来たんですし」

「殿下......」

「殿下はやめて下さいよ非老師(せんせい)。ここでの有沙ちゃんは、老師(せんせい)のただの従者なんですよ?」

「......ならばあなたも、私のことを老師(せんせい)と呼ぶのはお止めなさい」

「はーいっ!」



落ち着いてゆっくりと話す男と、甲高い声で陽気に話し、自らを従者だという少年。

奇しくもそんな二人の会話で、この落ち着いた男の方が韓非であると分かったんだが。



.......それにしても、さっきこの男は何か言いかけたよな?

確かこうじ(・・・)、だったか?

小路(こうじ)工事(こうじ)後事(こうじ)幸甚(こうじん)紅綬(こうじゅ)公女(こうじょ)......まさかな。



「それで......荀老師(せんせい)に、お取り次ぎをお願い出来ますかな?」

「あ、はい!どうぞこちらへ!」



俺は慌てて二人を中へ案内する。

これが、俺と韓非、ついでに有沙という少年との出会いだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




荀子のもとで学んでいた際に、史実の李斯(おれ)は、韓非にはとても(かな)わないと舌を巻いたそうだ。

つまり今の(りし)は、さらに輪を掛けてカスみたいな存在ってことになる。

何しろ向こうは諸子百家の最大最後の大物、こちとらただの歴史好きマニアなオッサンなんだからな。



ま、仮に俺がどんなに優秀な人間であったとしても、不思議と自分より優れた者が存在するのが世の中ってもんで、それは不条理でも何でもない。

人間、なまなかなことで頂点を極められるもんでも無いしな。



だから俺は自身を韓非と比べて不貞腐(ふてくさ)れることも無く、いやむしろ積極的に韓非と議論を重ねることによってこの時代で生き抜くための知識と、そして彼との親交を深めることにした。

荀子の私塾(ここ)へ来たのも、そもそもそれが目的だったわけだしな。

傍流とはいえれっきとした王族であるのに、いつしか対等に言葉を交わせるようになったのは有難いことだ(後で不敬罪とか言われないよな?)。



それと大切なことだが、誤解を解いておかなくちゃいけないことがある(誰に?)。

韓非の吃音についてだ。



韓非は吃音であったため祖国で重く用いられず、富国強兵のための上申も採用されなかった。

無論、他国への遊説なども出来ることではなかった。

ゆえにその憤懣を十余万言の書物としてあらわしたのが、彼と同じ名の「韓非子」である。

後の世にはそうやって伝えられてきたし、俺もそのことを特に疑ってはいなかった。



だが事実は少し異なる。



そもそも韓非が吃音だというのが間違いだ。

彼は自らの意見を述べる際に、それが過去の自分の言動にのっとったものであるのかを心の中で確認する。

一度唇から発した言葉を否定することの困難さを理解しているんだな。

そして、それからやっと口を開くものだから、どうしても丁々発止の(その場のノリで)議論を行うことが出来ずに、それで誤解をまねくことになったんだろう。



「でもまあ普通の人なら、過去の言葉をいちいち詳しくは覚えちゃいないだろう?昔と今の自分が矛盾していたとしてもそれは仕方が無いことだし、いちいち気にすることは無いんじゃないのか?」



ある日のこと、俺は彼にそう言ったことがある。

ところが彼は数瞬の間を置いた後、俺の意見とは別の所に食い付いてきた。



「ムジュン?......それは、どういう意味だい?」



......あ、ヤベっ!!!



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