3 荀子の私塾
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なんやかんやあって、無事に李斯は荀子の門下生の一人となることが出来た。
まずは第一関門クリアってとこだな。
この荀子ってヤツ、おっと老師な、は思想的には儒家に属していて、かつて斉の国の学者集団、いわゆる「稷下の学士」の学長を勤めたエラい人。
だが讒言のせいで斉の国を去ることになり、この頃には楚の国で県令(知事みたいなもんかな?)として働く傍ら、私塾を開いて学問を教えていたんだ。
ちなみに儒家ってのは孔子を始祖とする一派で、仁愛や忠孝を貴び、古の政治を理想とする。
家族を慈しむように人民を治めよ、って考えだな。
孔子以外なら孟子なんかも有名で、俺も漢文の授業(今もあるのか?)で習わされた覚えがあるし、後の世では実質、孔子の直系の後継者みたいな扱いを受けてると思う。
そういった儒家の中でこの荀子ってのは、他の連中とちょいと異なるイメージがある。
有名なのが「性悪説」ってヤツなんだが、知ってるかい?
さっきも例に挙げた孟子ってのが、人の本性は善であるっていう「性善説」を唱えたのに対し、この荀子ってのはその逆を唱えたんだ。
人の本性は悪いものであるから、だからこそ学ぶことによって正しくならなければってわけだな。
そんな奇天烈なことは言ってない筈なんだが、儒家の思想がどことなくキレイ事で語られてる(俺の偏見ばかりじゃないと思う)イメージがあるせいか、後世において荀子は儒家の中では異端扱いされている。
それは、その弟子のなかから韓非や(ついでに)李斯といった法家を代表するような人物が世に出たってのも一因だろう。
なにせ儒家と法家っていやあ水と油、まるで正反対の考え方だからな。
そのあたりについては、追々説明していくことになると思うぜ。
それと蛇足。
意外かもしれないが、法家思想ってのは老荘思想とは親和性があるんだよ。
ま、それもそのうちにな。
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その私塾は、荀子の屋敷の敷地内にあった。
県令ともなると住んでいる屋敷も、その敷地もそこそこでかいものになり、その敷地の片隅に建てられた小さな校舎で講義を受けたり討論を交わしたりするんだ。
ま、小さいとは言っても四、五十人は余裕で入れる大きさで、俺の前世の賃貸物件なんかとは比べもんにはならないくらい立派なもんだけどな。
ある者は従者と共に馬車で、またある者は独り徒歩にて私塾へと通う。
毎日来る者もいれば、数日おきに来る者もいる。
そこには貴賤の差ってのが明確に存在するが、まあ働きもせずに学問にうちこめるってだけで十分に恵まれてはいるよな?
ちなみに李斯は賤のグループではあるが、この屋敷の使用人として住み込みで働くことにより衣食住ついでに学費を賄いつつ、授業を受けることにした。
もちろん簡単なことじゃなかったぜ?
前世に比べて身分制度の厳しい時代だが、逆にその前世の知識のおかげで数字に強いことをアピールできたため、めでたく荀子の許可を得られたって訳だ。
なお、元々住んでいた家については、召使いの老夫婦ごと人に譲った。
暇を出したところで路頭に迷うだけだったので、次の主人にそのまま雇用継続をお願いした。
ここの私塾に通うにはかなり遠かったし、いずれ秦の国へ行くつもりでもあったしな。
さてと、韓非はいるかな?
というか、いてくれないと困る。
今後の俺の人生においては超重要なキーパーソンだし、よく考えてみれば(いや考えなくても)味方につけてこれ程頼もしいヤツもいない。
なにせ秦王政、後の始皇帝を感激させた男だ。
その書を読んだ秦王政が「この作者に会って親しく話が聞けたなら、寡人は命も惜しくはない」とまで言わしめた男だ。
兎に角、まずは彼と話がしてみたい。
傍流とはいえ一応は韓の国の公子、つまりは王族に連なる者ではあるから、通学には馬車で来る筈だ。
そう推察し結論付けた俺は、屋敷に着く馬車を全てチェックし、彼等の人となりを確認していったんだが、これがなかなかにハズレばっかりでな。
なにせ馬車で来ることができるって時点で上流階級の放蕩息子がかなり混じっていて、当然あんまりマジメに学ぶ気も無いもんだから、少し嫌気が差すとすぐに自主退学しちまう。
それと、これは俺もうっかりしてたんだが、そういった連中はそもそも俺のような身分の低い人間とは親しく話なんかしない。
だから頭の良し悪しが分かる程に打ち解けるのがなかなかに高いハードルだったんだ。
.......
.....
...
そんなこんなでその日も挫け(めげ)ずに、老師の屋敷の門を掃きながら、時折やって来る馬車をチェックしていたんだ。
他人のことを第一印象で決めつけるのは良くないことだと弁えてはいるものの、それでも今のところ、全員が韓非その人では無いようだ。
まさかニアミスってことは無いよな?
心に浮かんだそんな不安を打ち消しながら箒を動かしていたら、いきなり背後から声をかけられた。
「不好意思、荀老師のお屋敷はここで間違いございませんか?」
まるで少女のような甲高い声に驚いて振り向くと、目の前...でなく目線をちょいと下げたところに1人の美少年が立っていた。
「是、もしかして受講をご希望の方ですか?」
「え?不是」
才能に年齢は無関係だという前世の常識、それ以上に煌々とした利発な雰囲気のせいで、俺は声変わりさえしていないこの少年のことを入塾希望者なんだと勘違いした。
だが違ったようだ。
「私はただの従者です。受講はこちらのお方が」
「......本日より、お世話になります」
少年が振り向いた先には「人生何周目だよ?」と思わず尋ねたくなるほどに落ち着いた風格の男が立っていた。
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