32 趙人の恨み
お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂けたら嬉しいです。
【李牧視点】
嫪毐への協力を申し入れた後は、連絡係として一人の部下を雍に残し、私自身は咸陽へとやって来た。
活気のある街並みを歩く。
咸陽はこれが初めてでは無いが、来る度に賑わいが増し、人も物も溢れんばかりだ。
過去に幾度も合従軍の攻勢があったというのに、その疲弊を微塵も感じさせないその活気。
悔しいことだが、否が応でも秦の底力を実感させられる。
戦国七雄に名を連ねているとはいえ、所詮は西端の新参国。
三晋の一つである趙とは、歴史の厚みも国としての格も違う筈だというのに。
その身分に不相応且つ下品な力を以て、他の六国を併呑せんとする邪な野望は、何としても阻止しなければならないのだ。
「そこの者、すまないが道を空けてくれ。通るぞ」
「おっと、これは気付きませんで。申し訳ございません」
「構わぬ、そちらも気を付けてな」
.....おや?
目の前を警備の兵達が通っていったのだが、その隊長が乗っている馬の鞍に奇妙な物が吊り下げられていた。
輪っかの様な金具で、下の部分は板状になっており、そこに足を乗せている。
近くの露店で干肉を購い、店の主人にその金具について尋ねてみる。
「ああ、あれですか。確か鐙とか言って、馬に乗るのが楽になるらしいですよ。最近では軍の全ての騎馬に採用されたと聞いております」
「ふうむ、確かに乗り易そうではあったね」
だが恐らく、効果はそれだけでは無い。
あの鐙とやらがあれば、馬上で足を踏ん張れるため、矛や剣がより扱い易くなる。
つまり、騎乗時の戦闘力そのものに差が出るということだ。
「凄いね、あれは匈奴から伝わったのかい?」
「いいえ、国内のどこかの村からと聞いておりますが」
ならばその村というのは、匈奴との国境付近にある筈。
新しい技術は、兵の数以上に軍事における優劣の決め手となる。
他にも何か新しい技術が伝わっていないか確認しておきたいところだが、秦国内の移動距離を考えると、その村を特定するには時間がかかり過ぎるな。
まあ良い。
少なくとも鐙とやらに関しては、趙でも真似ることが出来るのだから。
趙の高い技術力を以てすれば、同じ様な物を作るのは容易い筈だ。
.......
.....
...
私たち趙人には、秦に対して、決して赦すことの出来ない積年の恨みがある。
それが長平の戦いだ。
孝成王の四年(註 : 紀元前二六二年)、上党の地をめぐって勃発した趙と秦の戦いは二年にも及び、長平において我が趙軍は一敗地に塗れた。
歴戦の将である廉頗が持久戦に持ち込み、秦軍を疲弊させていたというのに、新任の趙括という青二才が無謀な決戦を挑み、返り討ちにあったのだ。
それはまだ仕方が無い。
机上の空論を弄ぶ若造に国の命運を賭けたのは、全く以てもってこちらの落ち度なのだから。
だが問題はその後だ。
秦の将であった白起は、降伏した趙の兵数十万人を穴埋めにして殺したのだ。
確かに、秦の調略に乗って未熟な将を任じた趙にも非がある。
だが!
それでも!
西端の野蛮な民族の分際で(いやだからこそか?)、よくもそんな惨たらしい真似が出来たものだと思う。
それ以来、趙の人民は、秦のことを不倶戴天の敵であると心に誓っているのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
雍の様子について(客卿ジョークだ、笑え)、呂不韋から教えてもらったんだが、あれから数ヶ月が経つというのに、嫪毐の野郎は随分と大人しくしているらしい。
まあ、太后殿下が無事にご出産されるまでは嫪毐としても無闇に反旗を翻す訳にはいかないのだろうが、それにしてもヤツらしく無い気がする。
もっとこう短慮というか、抑えの効かない我が儘な振る舞いをするものだと思っていたのだが。
「いやいやいや、以前申請のあった常駐兵の指揮権について許可を出さなかったので、単に動けないだけなのではないか?」
「それもございますでしょうが、果たしてそのことだけが理由でしょうか?長信侯のキャラクター的には、もう少し足掻いたり、場合によっては自棄を起こしそうなものですが」
「きゃらくたあ?」
「あ、いえ、西域の言葉で為人のことでございますよ。えーと.....竹簡で読みました(汗)」
まあそれでも、全く動きが無いわけじゃなくて、雍へ移り住んだ当初は地元の有力者達に声を掛け、金や人の供出を無心したりはしていたらしい。
無論、全て断られた様だが(笑)
「ふむう.....だとすると昨今の長信侯の動き、というか動きの無さには何かしらの理由がある、と?」
「考えられますのは.....うーむ、いやしかし.....」
「何だ?気になることがあるのか?」
「あくまでも可能性の一つとしてですが、優秀なブレインか太いパトロンが協力を申し出たのかと」
「ぶれいん?ぱとろん??」
「あ、いえ、西域の言葉で.....(ry」
地元の有力者達の中に内緒で嫪毐に協力する者がいたとは考えにくい。
会えば分かるが、苦難も歓楽も共にしたいとは思えない為人だからな。
となると、わざわざそんな小者に協力し、あまつさえその行動をコントロール出来る存在ともなると.....
「他国の間者でしょうね........」
「な、何だと!!」
驚いて目を剝く呂不韋。
.......いや、そんなに意外なことかな??
「他国の者が既に長信侯に接触し、長信侯はその者の指示に従っていると考えられますね」
気に入って頂けましたら、ご評価、ブクマ登録など頂けますと大変励みになります。




