30 幾つかの視点
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【?視点】
今年の麦の収穫量についての報告書に目を通していたら、ふと辺りの気配が変わった。
来られているのか?
「皆、席を外せ。しばらく寡人を一人にせよ」
そう言って近習の者達を下がらせると、誰にともなく呟く。
「義姉上、いらっしゃるのでしょう?今日はどうなされました?」
「私は従姉ですのに......」
いつの間にか目の前に現れた女性は、苦笑しつつも満更でも無い様子。
「弟が貴女のことを『姉』と慕っている以上に、私も同じ気持ちなのですよ、姉上」
「少し恥ずかしいわね」
変わり者の父親が妾を持たぬせいもあり、彼女には兄弟姉妹がいない。
それ故に、内心では私に「姉」と呼ばれるのが嬉しいのだ。
「それで、本日は何の御用で?」
身内とはいえ、彼女は君臣上下の関係はしっかりと弁えている。
仕事中に只の御機嫌伺いに来られることは無いのだ。
そして彼女は、仕事を中断させるだけの情報を持って来ていた。
「謀反の芽が、生じておりますわよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【嫪毐視点】
咸陽に比べると雍は田舎だが、むしろ却って都合が良い。
太后殿下が、こっそりと子を産むにゃおあつらえだからな。
だが......
「のう貴方様、大丈夫であろうか?我が子でとはいえ、嬴政は苛烈な王じゃ。もしばれてしもうたら.....」
「なぁに大丈夫だ、その前に方を付けるさ」
「しかし......」
「しかし、何だ?.....俺の言うことが信じられねえのか?」
「っ!い、いや、ただ妾は......」
「もういい、今は安静にしておけ」
オドオドと俺を見上げる太后殿下に背を向け、俺は閨を出る。
これ以上ここに居ては欲望に負けてしまうし、流石に身重な太后殿下を抱くわけにはいかない。
.......
.....
...
くそう.....巨根が疼くぜ......
俺達の関係に気付いたので、押し倒して言いなりにさせていたあの女官。
彼女は雍へ来る途中で行方をくらましたので、代わりとなる捌け口もいない。
ならば他の女官を、とも思ったのだが、いざそうしようとすると思い出すのは「あの目」だ。
長信侯という高貴な立場にいる俺を、まるで下賎な者でも見るかの様に見下しやがったあの李斯とかいうヤツ。
あの何もかもを見透かした様なヤツの目を思い出すと、心の底から虫酸が走る。
どうやら李斯は俺が去勢されて無いことに薄々勘付いていているようで、雍へ来るまでの間に露骨に脅してきやがった。
なにが「今は黙っておいてやるから大概にしろ」だ!!
ああ、ムカつくぜ!!
だが確かに、今は大人しくしている必要がある。
大事の前の小事だ、ここはぐっと堪えて力を蓄えるべきだろう。
長信侯という立場を利用して私兵を養い、機を見て乱を起こし、秦王の首を我が子にすげ替える。
俺が秦の権力者になった暁には、李斯にはたっぷりと報いを受けさせてやるがな。
ククク.......そうさな、車裂きにでもしてやるとするか。
.......
.....
...
「長信侯様、つい先程お客様が来られましたが」
「何だと?ようやく終わったと思ったのにまたか?明日また来いと言え!」
「それが......」
侯になったためか、この地に住む有力者達が次々と面会に来やがるようになった。
宦官として女の園の管理だけやっていりゃあ良かった頃に比べ、むさ苦しい男どもの媚びへつらいを聞かなきゃならんのはなかなかにしんどい。
なので、最後の客には明日出直すよう伝えさせたんだが、どうやらその客というのは、俺が断ることを予想していたらしい。
「長信侯様にこれをお渡しするようにと」
「あん?何だこれは?」
部下が差し出したのは小さな袋。
中には小さいながらも見事な翡翠の玉(宝石)が入っていた。
.......
.....
...
長身でがっしりした体躯だが、その男は随分と貧相な身なりをしていた。
「こんな遅い時刻に、長信侯様には大変申し訳ございません」
「いや、構わん。これも仕事なのでな」
「それと、この様な身なりですがどうかお許し頂きたく。気儘な一人旅の途中ですので」
「ふむ、それは許そう。では用件を聞こうか?」
旅装のままで現れたその男は、まずは時刻について、次いでその身なりについて詫びてきた。
ということは秦の者では無いのか?
だが小さいとはいえ、あれ程に見事な玉を袖の下で渡せるのだ、只者ではあるまい。
「結論から申し上げましょう。長信侯様におかれましては、まとまった手勢が必要かと存じますが?」
.......
.....
...
人生が上向いている時ってのは、立て続けに良いことが起こるものらしい。
趙から来たというその男は、まだ誰にも気取られていない筈の俺の計画をずばりと言い当て、尚且つ金銭的な援助を申し入れてきた。
但し、事を起こす時期については向こうの指示に従うようにとのことだ。
「それで、見返りには何が欲しいのだ?」
「大したことは望みませぬ。長信侯様が秦王になられた暁には、趙との不可侵条約を締結して頂ければ」
「分かった、任せておけ。それと.....おお!そなたの名を聞いていなかったな?」
俺が新たな秦王とは、少しべんちゃらが露骨過ぎるがまあ許そう。
なにせ、これからも長い付き合いになるのだからな。
「李牧と申します。どうか今後ともお見知りおきを」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【李牧視点】
「あの方」の指示で長信侯に会ってはみたが、
成程たかの知れた小者だった。
だが、新たな秦王の実力を測る試金石としては申し分無い。
「ま、無理かもしれぬがな。それでも精々足掻いて、趙の役に立ってくれよ」
拳を握りしめる。
この国は、我が同胞四十数万人の命を無慈悲に奪った。
赦せはしない。
秦を赦すことなど、到底出来やしないのだ。
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