26 護衛任務
お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂けたら嬉しいです。
咸陽から雍までは直線距離にしても百Km以上は離れている。
なのでこっそりと出産するにはバレ難くて丁度良いってのは分かるんだが。
妊婦にそんな長距離を移動させて大丈夫なんだろうか???
失礼ではあるが、先程拝謁した際にちらっと見た限りでは、太后殿下のお腹はまだ大きくはなかった。
つまりは妊娠初期ってことだろ?
その辺りあんまり詳しくは無いのだが、本来なら絶対安静なんじゃないのか??
太后殿下が嫪毐の子を身籠っていることは前世の記憶のある俺以外は誰も知らぬことだし、名目上は只の物忌みってことになっているのだが。
無論証拠があってのことでは無いが、本当に新たな命が宿っていると仮定した上で手を打っておくべきだろう。
なので俺は移動の速度をなるべく落とし、道に大きな凹凸がある場合は均させることで轀輬車があまり揺れぬ様に気を配ることにする。
そして本来予定していた長めの休憩以外に、小まめな休憩を追加で入れつつ、近隣の村より清潔な布や藁を贖って、クッションとしてお使い頂くよう申し入れる。
「大儀であるな」
色々とやっていたら、次第に太后殿下の覚えは改善してきたみたいで、轀輬車の中からではあるが感謝のお言葉を頂いた。
女官達と共に安車(轀輬車に随行している座ることの出来る馬車のことだ)に乗った嫪毐には、何度も舌打ちと共に蔑む様な目で睨まれたが。
......
.....
...
馬に乗ることについては、秦に来てから猛練習した。
スマートに刑死を避けるよう努力はしているが、ひょっとすると惨めに馬で逃げなきゃならん可能性だってあるしな。
少しずつ普及し始めた舌長鐙のおかげで、ゆっくりと進む分には快適だ。
なので俺は惰性で馬を歩かせつつボンヤリと景色を眺めながら、現在の状況について考えてみることにする。
まずは嫪毐の人となりについて。
これはアレだ、まんま「オラオラ営業するタイプのホスト」だ。
だがホストが意図的にそのキャラを演じているのとは異なり、嫪毐は思慮の無さと我慢の出来ない性格からくる只の我儘で粗暴な男だ。
根拠はあるぜ?
そう考える理由は、自身が去勢されていないという事実を隠す努力すらしていないことだ。
バレたら身の破滅だというのにわざと甲高い声で喋ることすらせず、今も安車で隣に座った女官の体をいやらしい顔でこっそりと触ってやがる。
あれで見えない様にしているつもりなんだろうが、腕がもぞもぞと動き、女官が泣きそうな顔になっているのが分かる(呆)
すぐ傍を馬に乗った俺がいるというのに、随分とナメられたもんだな。
...........うん?
ちょい待ち?
ちょい待ち??
ということは女官達は.....少なくともあの女官は、嫪毐が宦官では無いということを知っているのか??
知ってて黙っているということか??
...........どうやって黙らせた??
考えられる手段の一つには、太后殿下がその権威でもって女官達を黙らせているということ。
そしてもう一つ、セクハラを受けている女官の顔を見て心に浮かんだ不快な推察。
嫪毐に手籠めにされた.........か?
......
.....
...
「うぅ......も、もうお止め下さいまし.........」
そんな呟きが聞こえたので、思わず安車の方を睨みつけてしまう俺。
テメェ、いい加減にしとけよ(怒)
「どうかされました?........何かされましたか?」
「何でも無い」
そう尋ねるも、返事をしたのは隣の嫪毐だった。
「いえ、私はそちらの女官にお聞きしたのですが?」
「何でも無いと言ってるだろうが!!」
「ご気分が悪いのでしたら、予備の安車がございますのでどうかそちらにお移り下さい。我慢なさる事はございませんよ?」
「.......ちっ!」
つい俺の口調も強くなってしまうが、肝心の女官は哀し気に目を伏せて何も言わない。
だが嫪毐の方は大人しくなったらしく、あからさまに不機嫌になった嫪毐を乗せたまま、安車は静かに進み続けた。
......
.....
...
現状について思索するつもりが、思わぬことで嫪毐の本質は明らかになった。
しかし、太后殿下もお気の毒なことだ。
俺は何とも言えぬ暗鬱な気分になる。
妊娠初期であるからお体に障りの無いように気を付けているが、それでも俺の心にはどんよりとした靄がかかっている。
なにせ史実通りに事が進めば、生まれてきた子供は嫪毐と共に処刑されるのだから。
何とかならないものだろうか??
どうあっても解決策の無い問題についてグジグジと悩みつつも馬は歩む。
轀輬車も進む。
俺達はやがて、宿泊予定の城塞に到着した。
悩みは尽きないが、まずは今の仕事をしっかりとこなさなければならない。
無理矢理に気持ちを切り替え、部下達と交代で睡眠を取った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、再び雍へ向かって出発する。
女官達の顔には、早くも疲労の色が見え始めている。
まあ、無理もないだろう。
彼女達は元々、そこそこ上流階級出身の娘さん達ばかりであり、広く一般公募で雇われたというわけでは無い。
なので教養は一般人に比べて高いものの、体力的にはどうしても一般人より劣るのだ。
逆に考えれば、女官達の親類縁者は、王室との繋がり(あわよくば秦王のお手付き)を期待して大切な娘を預けているとも言える。
嫪毐は理解しているのだろうか?
自分がどれだけ大それた事を仕出かしたのか、を......
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