23 姫のためにこそ
お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂けたら嬉しいです。
護衛の恋さんが、明らかに不機嫌な表情と声音で言う。
「通古様、この様なものを作らせたりなどして、姫様が危険な目に遭われたらどうなさるのです?馬に乗り易くなれば、遠出の機会が増してしまいます!」
「これ恋!通古様に失礼ではありませんか!」
慌てて姫が止めようとするが、俺は姫の前に手を出し無言で牽制する。
まあ恋さんの気持ちも分かる。
姫のことを案ずるが故の物言いなのだから、俺は彼女を責めるつもりは無い。
だが、一つだけ反論はさせてもらおう。
「鐙の存在など関係無しに、どのみち姫様の乗馬と遠出を禁ずることなど出来はしない。それは姫様のご意志なのだから。ならばその前提で、最大限の配慮をするべきではないかね?」
「そ、それは.....」
「鐙があれば馬にはより安全に乗ることが出来る、それは確かだ。それに君とて、屋敷に閉じ込められた姫様の寂しげな顔など見たくは無いのだろう?」
「っ!ど、どうしてそれを......」
やはりな。
この時代、まだまだ女性の地位は低い上に高貴な身分ともなれば、殆ど世間を知ることなど無く屋敷の中だけで生き、挙げ句は政略の道具に使われてその人生を終える。
だからこそ、いくら治安の良い秦国内だとはいえ、姫のご両親や、この恋さんも姫のお転婆な行為を許しているのだろう。
この姫の回りの人々は皆、本当に良い人ばかりなんだろうな(吼さんや、墨家の村の連中だってそうだ)。
つまり俺だって、姫には幸せに生きて欲しいわけで。
「この私とて、真に姫様のことを大切に思えばこそ、より良い馬具を使って欲しいだけなのだよ」
「............」
「通古...さま.........」
暫しの沈黙。
き、気まずい.........
「姫様のことを大切に......ですか......分かりました。護衛ごときの出過ぎた物言い、どうかお許し下さい」
強張っていた恋さんの表情が不意に緩むと、再び俺達の後ろへと下がる。
恋さん、何だか嬉しそうな顔をしていたな。
姫といい恋さんといい、女性の気分ってやつは、どうしてこうも猫の目の様に変わるのだろう?
(え?.....もいっかい土下座??)
.......
.....
...
それから俺達は仲良く市場を見て回り、ちょいとした日用品を購入したりしてショッピングを楽しんだ。
姫も恋さんも楽し気ではあったが、姫があまり目を合わせてくれなかったのが少し気になった。
何故かは分からないが.........やはり何か地雷を踏んでしまったのだろうか?
「それでは通古様、ごきげんよう。きっとまた.....」
「失礼いたします、通古様」
その後は、護衛の恋さんがいるので送っていく必要は無いと言われ、市場の外れで俺達は別れた。
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「.........あ!!」
姫が何処の誰かを聞き忘れていたことに気付いたのは、俺が宿舎に戻った後、それも眠りにつく寸前だった.........(汗)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さらに半年が経った。
「いやいやいや、実に素晴らしい。離間計は順調に進んでおるぞ。既に幾人かは、こちら側へ寝返るとの確約を得ておる。これがその一覧だ」
そう言って呂不韋がリストを見せてくれた。
知らない名前も多いが、中には趙の郭開のような(歴史好きにとっての)有名人もいる。
郭開といえば、思い出すのはやっぱりあの男だよな。
「相邦様、趙には李牧という非常に有能な者がいる筈なのですが、今何処に居るのか分かりませんでしょうか?可能であれば、こちら側へ引き込んでおきたいのですが」
「李牧?ううむ、聞いている限りでは未だ接触はできておらんようだ。調べさせておこう」
「お願いいたします。どうしても秦に靡かぬ場合は、私に少し考えがございますので、安易に暗殺などなさらぬようお願いいたします」
「ふむ?まあそなたのことだ、何かしら思うところがあるのだろう。分かった、まずは居場所の特定からさせることにしよう」
とりあえず、可能な限り布石は打っておきたいものだ。
......
.....
...
ふと話題を変えて、呂不韋が楽しそうに言う。
「ところでそなた、なかなかに面白い物を考案したようだな」
「はて?面白い物??」
「新しい馬具のことだ。確か.....あぶみ、とか言ったか?」
「ああ!はい、確かに!ある伝手がございまして、試作をお願いしましたが.....何故に相邦様がそのことをご存じで?」
話を聞いてみると、しごく単純な経緯だった。
例のオタサー姫が墨家の村で作らせた舌長鐙。
それを付けて乗馬を楽しんでいた姫の様子を見て、乗り易さが劇的に向上していることに気付いた彼女の父親が、相邦である呂不韋に紹介したとのこと。
で、由来を聞かれた姫が俺の名を明かしたため、こうして雑談の話題に上ったというわけなんだとか。
ついでに望遠鏡まで上役達の知るところとなり、近々のうちに嬴政へ献上するべく、鐙と合わせて、新品をもう一組あつらえるように命じたらしい。
うーむ.....あの村の連中は姫の親衛隊なんだから、あまりお上の権威で言うことを聞かせるのはどうかと思うんだがな........
技術屋ってのは存外プライドの高いものだし、へそを曲げなきゃいいんだが。
「いやいやいや、それなら心配はいらん。自分達の作ったものが畏れ多くも秦王様へ献上されるというので、皆一様にはしゃいでいたそうだ」
「さ....左様でございますか」
連中、割とミーハーだったんだな........(汗)
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