21 ショッピング
お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂けたら嬉しいです。
日々の雑務に追われてバタバタしていたら、いつの間にやら半年が経っていた。
とは言え件の離間計については、ネットも車も無いこの時代に半年やそこらで成果が出る筈も無く、今はまだ各国要人の情報が集まるのを待っている状態なわけで。
せわしない時計で働いていた前世の記憶のせいか、焦らずに待たねばならないというのは却って苦痛でもある。
スローライフを楽しむには、俺はまだまだ未熟なようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日は非番なので、何か珍しいものでも無いかと市場へと出掛けてみることにする。
そういや、子沙(韓非)に秦で美味い酒を探しておくと約束したっけな。
果たして、彼の気に入りそうな酒はあるだろうか?
市場には商品があふれ、それを買い求める多くの人々で賑わっていた。
商君(商鞅)の変法によって農と戦に比重が置かれたが故に、秦では商売を軽んじる風潮があったのだが流石は呂不韋、生産したものをちゃんと流通させることの重要性を理解している。
彼自身も商人であることに矜持を持っていると言っていたし、相邦(総理大臣)なんかより財務大臣みたいなポストがあれば、むしろその方が性に合っているかもしれない。
「うん、だとすると、子沙がこの国で相邦になったとしても何も問題は無いな。呂不韋も経済政策に集中して、存分にその腕を振るえることだし」
思わず声に出して言ってしまったが、こんな人混みの中では誰も聞いてなどいないだろう。
「でもその子沙という方、相邦という重責をきちんと担って下さいますの?」
「そうなんだよなぁ.......能力は問題無いんだが、若干理屈に走るきらいもあるかな?それに完璧主義なところもあるから、あいつはあいつでアドバイザーの方が良いとか言い出しそうだしなぁ.......」
「あどばいざあ??.......ならば通古様が相邦をおやりになったらよろしいんじゃありませんこと?」
「いやいや止してくれよ、俺の方こそ器じゃな、いっ.......って、え???」
黙考に対して自身で相槌を打っていたつもりだったんだが.......(冷汗)
「お久しぶりでございますね、通古様」
俺のすぐ隣りに、胡服を着たオタサー姫が立っていた。
......
.....
...
「こっ!これはとんだご無礼をっ!」
正体は不明だが、相手はやんごとない御身分の姫。
慌ててその場にひれ伏そうとする俺の腕を、誰かががっちりと掴む。
見れば、姫の護衛なのだろうか、どことなく吼さんに似た顔立ちの女が、俺の土下座を阻止していた。
「良いんですよ。それにこんな人混みの中で頭を下げるのはおやめ下さい。私も一応、お忍びで来ておりますのでね。恋、有難う。もう大丈夫よ、手をお離しなさいな」
護衛の女に命じると、幾分か躊躇いつつも彼女は俺の腕を放す。
そして、いつでも姫の盾になれる距離へと下がった。
おそらく恋さんというのが、護衛の女の名前なのだろう。
オタサー姫はにっこりと笑って少し屈み、今度は俺のことを上目遣いに軽く睨んでくる。
彼女は俺より、ほんの少しだけ背が高いのだ。
「でも本当にご無沙汰ですわね?吼から聞きましたわよ。近々お越しになると伺っておりましたのに、いつまでたってもいらっしゃらないから。もしかして通古様の仰った近々というのは、半年以上も先のお話だったのかしら?」
「あ、いや、その.......」
やべぇ、完全に忘れてたわ(冷汗)
「も、申し訳ございません。ええと、ええと.......」
「ふふっ、まあ仕方がございませんわ。通古様は、私が何処の誰なのかもご存じありませんものね??」
くすくすと笑う姫とは対照的に、護衛の女は緊張した面持ちでこちらを見つめたままだ。
いやそんな警戒しなくても危害を加えたりしませんって!!
......
.....
...
結局、姫と二人で市場をぶらぶらすることになった。
(護衛の女は、少し離れた後ろから付いて来ている)
それにしても気さくなお姫様だな.....
「そうですか、ご友人のためにお酒を」
「ええ、普段は真面目で頭の良い奴なんですが、ほんと酒にだけは目が無くて」
「もしかして、さっき呟いておられた子沙様というお方?」
「そうなんです。楚の国で共に学んでいた頃には、蘭陵酒という良い酒があったのですがね。姫様は、この国の珍しい酒をご存じありませんでしょうか?」
「うーん、匈奴へ行けば馬のお乳でお酒を造ることがあるって聞いたことがあるのだけれど」
「馬乳酒ですね?あれは酒精が低いからなぁ......」
そんなことを話していたら、不意に良い事を思い付いた。
「そうだ!あの墨家の村の連中に頼んで、蒸留器を作ってもらおう!!」
「じょうりゅうき?墨家?......ああ、初めて通古様とお会いしたあの村ですね?」
「ええ、少し難しいかもしれませんが、きっと彼等なら出来る筈です!」
蒸留によってアルコール度数の高い酒が出来れば、子沙もきっと喜ぶだろう。
もっとも、飲み過ぎにだけはホント注意して欲しいのだがな。
「濃いお酒を造る?そんな方法があるんですの?この間の望遠鏡といい、通古様は博識でいらっしゃるのね」
「そう言えばあの村の連中がとびきりの望遠鏡を姫様に献上するのだと発奮しておりましたが、もう届いたのですね。そのおかげで、先日は非常に助かりました。あらためて感謝申し上げます」
「いいんですよ。それより、いつまで待ってもお越しにならないから......」
「そ、それは本当に申し訳ございませんでしたっ!」
姫はぷぅと頬を膨らますが目は笑っており、その顔に癒される。
そういやこの世界に来てから、女性とあまり親しく話したことなんて無かったものな。
まるでデートみたいで楽しいな。
なんて考えた途端、背後から鋭い殺気を感じて身震いする。
(護衛の恋さんって、もしかして読心術でもマスターしているのだろうか?)
......あまりにも畏れ多い妄想に、改めて二人には、心の中で完璧な土下座をしておいた(汗)
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