19 宦官と髭
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趙高達の足音が遠ざかり、再び辺りが静かになったその時。
「ここで何をなさっておいでです?」
「うわぁっ!!」
口から魂が出た、いや出かかった。
いきなり背後から声を掛けられて心底驚いた俺は、無様に尻餅をついてしまった。
「しっ!静かに!」
「あわわわ.......ってあれ?き、君は確か.....」
「話は後で。まずはここを離れましょう」
年齢不詳でパッと見、これと言って特徴の無い男。
だが俺は覚えている。
あの墨家の村で会ったオタサー姫の護衛をしていた男だ。
そのことに安堵すると同時に、今の自分の置かれた状況を思い出した俺は、慌てて立ち上がると素早くその場を後にした。
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「いやあ助かったよ、有難う」
「お礼でしたら姫様に。ですが通古様、あんな所で何をなさっておられたのです?」
「はは、お恥ずかしい。この広い宮殿で迷ってしまってな」
「やはり.....姫様もそうではないかと仰っておられました」
彼に先導されながら詳しく話を聞くと、墨家の村から献上された望遠鏡を楽しんでいた姫が、後宮に近い場所をウロウロしている俺を見かけ、厄介事に巻き込まれ無いようにと慌てて彼を派遣してくれたらしい。
さっきピカッと光ったのが望遠鏡の反射光だったのだろう。
結構離れていたとは思うのだが......
「それにしてもやって来るのが早いね君、ええと.....」
「吼と申します。姫様がご幼少の頃よりお仕えしております」
「なんとも心強いことだね」
人の気配を感じて避けているのか、途中誰とも出会うことなくかなりの距離を歩いた。
しばらくして振り返る吼。
「あとはこの廊下を真っ直ぐ行けば通古様の部署に着きます」
「有難う。姫様にも宜しくお伝えしておいてくれ。いずれお礼も兼ねてご挨拶に伺うと」
「承知致しました。それでは私はこれで」
「え?....おや??」
何だか気配が薄くなったと思ったら、次の瞬間、いきなりスッと彼の姿が消える。
まるで忍者だな.......(汗)
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職場に戻り、遅れたことを同僚達に詫びながら、書類仕事をこなしてゆく。
手を動かしながら脳を並列に使い、さっきの趙高の会話について考える。
キーワードは嫪毐の名と髭だ。
あの塀の向こう側が後宮なのは、吼も言っていたし間違いでは無い。
となると、男子禁制のあの場所に居て良いのは、秦王を除けば女か宦官のみの筈。
なのに趙高は「髭を抜く」と言ったのだ。
ホルモンの分泌に影響するのか、宦官になると髭は生えなくなる。
なのに抜かねばならぬ髭がある、結論は一つしかない。
あの場所にいた嫪毐は「男」だったということだ。
.......
.....
...
本来の歴史において嫪毐の登場は、太后殿下との火遊びを楽しんでいた呂不韋が、ふと我に返るところから始まる。
秦王の生母なんかと不倫することがどれだけヤバいことなのか。
遅ればせながらそれに気付いた呂不韋は、太后殿下と手を切ろうとするんだが、年増の深情け(なんて言葉は無いらしいがニュアンスは伝わるだろう?)で淫乱モードに入った彼女は、とても別れてなどくれそうに無い。
炎上しそうだ......もう一回、土下座しておこうかな?
で自分の代わりとして、当時巷で「巨根」なことで有名だった嫪毐を食客に迎え、機を見て太后殿下の元へと送り込むんだ。
当然チョン切ったりせず、髭を抜いてな。
その後、太后殿下の寵愛を受け、なんと子供までこさえた嫪毐は増長し、秦王嬴政に対して反乱を起こす。
で当然のごとくアッサリ鎮圧され、車裂きなんていうこれまた残酷な方法で処刑されるんだ。
(具体的にどんな刑かは各自調べてくれよな?エグいぜ?)
なんにせよ、呂不韋も嫪毐も嬴政のことをナメ過ぎだ。
前にも言ったが、後の始皇帝になる少年が只のガキである筈が無い。
嫪毐の末路は言わずもがな、呂不韋も相邦を辞めさせられ、最終的には服毒自殺を遂げることになる。
.......
.....
...
さて、ここまでの場面において、趙高の出番は何処にも無かったよな?
俺が呂不韋の不倫を思い止まらせた結果、嫪毐は歴史に関わってはこない筈だった。
だというのに、このままでは同じ悲劇が起こってしまうことになる。
呂不韋に関してはトラブルに巻き込まれることは回避出来たと思うが、それでも少なからぬ無用の血は流れるだろう。
歴史の修正力みたいなものが働いているのだろうか?
それとも実はこの件には、元々から趙高が黒幕として暗躍していたのだろうか?
どちらにせよ、趙高には注意と対策が必要だな.....
だが、そこまで考えて、俺はふと気付く。
このまま時間が経てば、嫪毐を手引きした罪で裁かれるのは趙高の方じゃあないか?
殺される嫪毐には気の毒だが、ヤツだって去勢されずに後宮へ入ることの罪の重さは理解している筈。
その自覚と覚悟が足りなかったとしても、そこまでは俺の知った事では無い。
そうだよな。
ならばこのまま静観しておくのも悪くは無いだろう......
この時の判断が間違いであったと気付くのに、それほど時間はかからなかった。
後日、俺は呂不韋より、嬴政が見所のある宦官をスカウトしたことを知らされた。
頭の回転が良く、仕事が出来るということで、嬴政には随分と気に入られているとこと。
太后殿下の元部下であった彼(?)の名は、今さら言うまでも無いだろう。
まんまとヤツは嫪毐から距離を置き、「嬴政の寵愛」という最強の盾を手に入れやがったのだ......
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