18 謁見
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跪いているので、当然のことながら顔なんか見えやしない。
国王自ら話しかけるのは稀なことなんで、斜め前方、恐らく嬴政の近くにいるであろう者から声がかかる。
「面を上げよ」
「はっ!.......」
勿論すぐに顔を上げはしない、不敬だからな。
さらに一、二度催促されて初めて、恐る恐ると言った感じで顔をあげるつもりだ。
「構わぬ、もう頭を上げよ」
「はっ!.......え?」
さっきのとは違う、随分と若い声。
「聞こえなかったのか?顔を見せよと言ったのだ」
「ははぁっ!!も、申し訳ありませんっ!!」
慌てて顔を上げると、怜悧な印象の若き国王が玉座に座り、俺を見下ろしていた。
いやまさか、こんなに早く当人が声をかけてくるなんて思ってもみないだろ?
心臓に悪いから、そういうの止めてくれないかな(冷汗)
皆が無表情で怖いな。
左右にずらっと並んだ重臣達から突き刺さる幾つもの視線もかなりのもんだが、それ以上に前方からの重圧が半端無い。
弱冠十三歳とはいえ、流石は後の始皇帝、こんなオッサンなんかとはまるで格が違う。
「まずは名乗れ」
「はっ!!私は楚の生まれ、姓を李、名を斯と申します」
冷汗をダラダラと流しながらの、まるで圧迫面接のような一時が始まった。
.......
.....
...
「ふむ、天下をのう.....今が統一の好機と申すのか?」
「はっ!」
考え込む嬴政、だがその顔はヤル気七割、迷い三割といったところか。
「確かに、昭襄王の御代より、天下統一は秦の悲願ではある。だが寡人はまだ若い。即位したばかりで国内も安定しておらず、成蟜を始めとして潜在的な政敵も多い。それでもそちは、今やるべきと申すか?」
「それ故にこそです。今なら各国は、畏れながらお若い秦王様を侮り、強大な秦国に対して警戒を緩めるでしょう。この機を逃さず、各国の要人を攻略しておくのです」
「うん?そちは今、国では無く、要人と申したか?」
「左様でございます。先程、秦王様が仰られました通り、国内にも不穏分子が潜む可能性がある以上、無闇に軍を動かすべきではございません。まずは各国の要人を賄賂で篭絡し、なびかぬ者は暗殺しておくのです。満を持して軍を動かすのは、それからでも決して遅くはございません」
「行。呂不韋、そちをこの策の責任者に命ずる。李斯と相談の上、この離間計を実行に移せ」
「御意!王命、しかと承りました」
「それとな.....李斯よ」
「はっ!」
声のイントネーションが少し変わり、思わずご尊顔をまじまじと確認してしまう。
最初の無表情が嘘のように、何だか少し困ったような顔。
え?
まだ何かあるのか??
「母上.....太后様がな......いや、もう良い。下がれ」
「はっ!失礼いたします」
おぉい!言いかけてやめるなよ!
気になるだろ!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
呂不韋は相邦としての仕事があるのでその場に残り、平社員の俺は与えられた部署へと向かっている。同僚達と共に色々と書類仕事もこなさないといけないのでな。
それにしても、いやあ緊張したなあ。
取り敢えず謁見が無事に終わってホッとする。
もっとも、最後の一言が気になってはいるんだが。
やっぱり俺、太后殿下に恨まれてるのか??
そうは言っても、仕方無いじゃないか、なあ?
うん、俺は間違ったことは言っていない。
やっぱり不貞はイカンよ。
なんてことを考えながら歩いていたせいで.....
気付けは俺は、迷子になっていた。
.......
.....
...
「やべえ、完全に迷った。一体何処なんだココは???」
何故だか、広い中庭みたいな所に出てきてしまった。
ええと、あのデカイのが王宮だよな?
すると俺の職場は.....どっちの方角になるのかな?
似たような建物が多くてよく分からないぞ。
うん?
かなり遠くの建物の方で、何かピカッと光ったような.....
兎に角、誰か人を見付けて案内を乞わないと。
そう思い、何となく人の気配のする方へと歩いて行く。
この塀の向こうに誰かいそうだな.....
ふう助かった、などと安堵したのも束の間、聞こえてきた嬌声に俺は凍りつく。
女の声がするってことは、この塀の向こうは後宮なのか?
だとしたら、絶対に見つかるわけにはいかない!!
ヘタすりゃここで刑死になっちまうじゃないか!!
ビクつきながらその場を立ち去ろうとした俺の耳に、女達とも違う甲高い声が聞こえた。
「これお前達、怠けていないで早く掃除を終わらせなさい」
「はあい趙高様ー、今終わりましたので戻りまーす」
遠ざかってゆく女達の足尾と嬌声。
だが塀の向こうに一人だけ、先程女達に声を掛けた者の気配は残っている。
その名は.......
趙高......だと!!
再び金縛りになる俺。
今後、李斯の人生に何かしらと関わってくる筈の宦官の名じゃあないか!
.......
.....
...
宦官、それは男としてのシンボル(所謂アレな)を切り落とすことで、後宮という王のハーレムにおいて働くことを許された存在。
と同時に、王が身近な存在として孤独な心を許し易いため、悪事に手を染めても超法規的な恩恵で罪を赦されることがある厄介な存在だ。
無論、全ての宦官がそうとは限らないが、時として単なる貪官汚吏以上に国に害を為していたことは歴史が証明しており、なかでもこの趙高というのはその代表格だと言っても差し支えは無いだろう。
そこまで悪く言うのは、李斯の刑死に関する個人的な恨みのせいだと思うか?
だがそれについては、趙高の次の台詞で簡単に反論出来るぜ。
「ささ嫪毐殿、今のうちにこちらへ。取り急ぎ、まずはその髭を抜きますぞ」
矢継ぎ早に襲いかかる衝撃に、俺の金縛りは一向に解けそうに無い。
嫪毐、それは俺が、歴史の表舞台への登場を阻んだ筈の男の名。
どういうことだ?
呂不韋が太后殿下との不倫を踏み止まった今、巨根男の出番は無い筈だ。
何故かと問うても、故には出てこない。
俺は考える。
必死に考える。
だがそのせいで、俺は背後からそっと近寄る人の気配に全く気付くことが出来なかった.......
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