17 禁欲の行動様式
お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂けたら嬉しいです。
「え?違う?老師の仰る『奇貨』とは、天下という新たな市場のことでは無いのですか??」
意外って顔をしているが、実はそうなんだ。
俺の話はここからがメインなのさ。
「結論から申し上げますと、『奇貨』とは秦の民が持つ素質、『禁欲の行動様式』のことでございます」
「禁欲の......えとす???」
おっと、つい横文字が出ちまった(汗)
とっとと話を続けよう。
「言葉の意味をご説明する前に、私が秦に参りまして感じたことを一つ。この国の民は皆が素朴で真面目、日々の仕事に精を出し、だらしなく過ごすことを悪徳と考える風潮がございます」
あの墨家の村だけでなく、どこの街も村も、そこに住む人々は皆が働くことそれ自体を喜びとしているように感じられたんだ。
そう、ちょうど前世の俺の祖国のようにな。
「ほほう!やはり.....いやいやいや、流石は老師、良く見ておられる。全くもってその通りでございます。私も初めて秦へ来た時には、正直驚きましたよ」
「相邦様は元々、天下に広く商売をなさっておられましたが、やはりそうお感じでしたか」
「ええ。秦以外ですと、斉がやや同じ傾向にございますが。しかしこの国程には、財貨を食い潰すことに罪悪感を感じはしないようです」
孫子の代まで遊んで暮らせる資産を親が遺したとして、本当に働かずに遊んで暮らすことには抵抗を感じる、そんな生き方考え方。
元々は他国の宗教にある「快楽を禁じ、日々を慎ましく生きよ」って教義からくる行動様式のことらしいが、これを神からの強制では無く、「勤勉の精神」として自然に身に付けているのが秦の強みだ。
(ちなみに、前世の俺の祖国もそうだったがな)
で、民がだらしなく享楽にふけることをしないとなると、社会に何が起こるのか?
答えは、稼いだ財貨は次の「投資」に回り、更なる稼ぎを生む、だ。
享楽にふけりはせずとも、人々の生活レベルが上がれば「消費」の額もつられて上がる。
「投資」と「消費」が上がるということは、GDP(国内総生産)が上昇することになる。
つまり、資本主義経済の始まりだ。
資本主義ってのは「金」と「自由」さえあれば生まれると思われがちだが、そもそもの出発点にこの「禁欲の行動様式」ってのが必要不可欠なんだ。
「成程、秦の民の持つ勤勉さ、ええと禁欲のえ、え....何と仰いましたかな?」
「エトス、行動様式のことでございます。これこそがまさに『奇貨』、今後の 更なる発展を約束する希少な素質。ですから相邦様には今後、酒食はほどほどに、引き続きご尽力頂かねばなりません。天下を回るの金の動き、即ち経済を司ること、これ程に責任重大で遣り甲斐のあることも無いかと存じますが?」
「いやいやいや、無論でございますとも!素晴らしい!不肖この呂不韋、これからも全身全霊を懸け、秦の、いや天下の為に働きましょうぞ!!」
拳を握り締める目の前の男には、つい先程までの虚無と自暴自棄にまみれた弱々しさは微塵も感じられなかった。
.......
.....
...
本当は、統一後の公共工事なんかについても語ろうかと思っていたんだが、呂不韋が使命に燃えるモードになっていたので話は一旦終わりとし、またの機会ということにする。
それと有難いことに、近いうちに俺のことを秦王嬴政に紹介してくれるそうだ。
いずれ子沙(韓非)達を秦に迎え入れるためにも、ある程度の地位には就いていた方が良いしな。
だかまあ.....うん、あまり出世し過ぎない程度に頑張ろう(汗)
.......
.....
...
それから三日後、俺は郎(という官職)に任じられ、さらに翌月には秦王嬴政に謁見することになった。
..........え、ちょっと早くない??
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
呂不韋と共に、秦王の待つ謁見の間へと向かう。
やべえ、滅茶苦茶に緊張してきた。
膝が笑ってないか俺?
「実はそなたの提案に従い、秦王様に太后殿下をお慰めなされるよう申し上げたのだ」
俺も官職に就いた以上、相邦である呂不韋は紛れも無く俺の上司である。
正直、ずっと老師呼ばわりは居心地が悪かったんで、「そなた」と呼ばれるようになったことに少しホッとする。
って、いやいや、今はそれどころじゃない!
「それで、秦王様は何と?」
「感心しておられたぞ。孝を為すはその子に如かず、当たり前ではあるが、その様なことをきちんと的確な時期に提言出来るのはなかなかに見所があると仰っておられた。まあ太后殿下は常日頃にも増してご機嫌斜めでいらっしゃったようだがな」
苦笑する呂不韋。
ん?ご機嫌斜め?
ああ、俺のせいで呂不韋との不倫が出来なくなったからだな(汗)
いや、それよりも!
「あの相邦様、もしかして、秦王様に太后殿下をお慰めるよう勧められたのは、私の意見としてでしょうか?」
「うん?それは当然だろう?そなたが私に言ったのだからな。それとも私が自身の手柄にしても良かったと申すのか?」
「あ、はい、それでも全く構わなかったのですが.....」
「いやいやいや、欲の無いことだな」
呂不韋は楽しげに言うが、俺はわりと本気なんだが。
だって、知った仲の呂不韋ならまだしも、俺はどこの馬の骨ともしらぬ男。
「木っ端役人ふぜいが余計なことを」って恨まれてなきゃあいいんだがな......(冷汗)
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