14 呂不韋
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流石は秦の都といったところか。
首が痛くなるほどに見上げても、咸陽の城塞は遥かな高みにある。
そして門をくぐると、左右はおろか反対側の城壁までもが霞んで見える程に遠くにある。
「戦国七雄の中では文化的に一番の田舎だと言うも者もいるが、なかなかどうして立派な大都市じゃないか!」
もっともその割には、街全体がどよーんと暗い雰囲気で、道行く人々の顔にも笑顔は無い。
それには理由があって、つい先日この国の王、荘襄王が逝去したからとのことで、皆が喪に服しているが故だ。
荘襄王といえば、呂不韋によって趙で見出だされた子楚のことで、在位は僅かに三年だけ。
だがその三年の間に東周を滅ぼし、三晋(韓、魏、趙)を攻めて領地を奪い、魏の信陵君が率いる五ヶ国連合軍を防いだ上に、離間計によってその信陵君を失脚させてもいる。
なかなかに、歴史に名を残す功績を上げてはいるんだよな。
人間終わり良ければ全て良しとも言うし、悔しかったではあろうが、それでもそれなりに満足して旅立たれたんじゃあないかな?
遠くに見える王宮の方角へ向けて手を合わせ、心の中で冥福を祈ると、俺は相邦(宰相)である呂不韋の屋敷へと歩き出した。
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さてこの呂不韋という男、元々秦の生まれでは無く、韓あるいは衛で生まれたとされている。
趙へ人質に出されていた秦の公子「子楚」を奇貨として投資を行い、見事その賭けに勝った。
子楚は秦に戻り王となり(荘襄王)、呂不韋は相国の地位を得て位人臣を極める。
だが、めでたしめでたし、とはならないのが歴史の面白くも残酷なところ。
呂不韋はとびっきりの「爆弾」を抱えていたのだ。
それは趙で妾とした、とある絶世の美女。
(見たことは無いから実際どれ程のものかは知らんがな)
彼女を見初めた子楚から、是非妻にと乞われ、大事の前の小事とばかりに呂不韋は彼女を差し出した。
だが既に女は呂不韋の子を身籠っていたらしく、子楚に嫁いだ後、程無くして生まれたのが後の始皇帝「嬴政」だ。
つまり始皇帝というのは、呂不韋の子であった可能性が高いわけで。
ま、ここまでは良いとしよう。
韓非も言うように、政治を行うための王というのは、出自よりも、「その者」が「その地位」にいることが肝要なのだからな。
法・術・勢の「勢」に相当するぞ。
で、問題なのはこの後だ。
呂不韋は子楚(荘襄王)が逝去した後、あろうことか太后となったこの美女とヨリを戻しちまうんだ。
それも新たな秦王となった嬴政の目を盗んでだぜ。
嬴政が即位したのが確か13歳の筈だから、多分30代の未亡人だろうし、禁忌を犯すことに興奮したのだろうが.........乱れてるよなぁ(呆)
嬴政がまだ幼かったのと、ひょっとすると自分の息子かもしれないとの甘えで油断したのだろうが、後に始皇帝となるようなのが只のガキである筈が無い。
ここから坂道を転がるように、呂不韋は没落していく。
国を運営するという観点から見れば、彼が一流の経済人であるのは間違い無いし、俺自身のためにも、この不倫イベントは回避させておきたいところだ。
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戦国の四君を倣ったのか、この頃の呂不韋は積極的に食客を集めており、俺も簡単にその一員に加わることが出来た。
ちなみに戦国四君というのは、先に挙げた魏の信陵君を含む斉の孟嘗君、趙の平原君、楚の春申君の四人のことだ。
それぞれが多くの食客を集め、彼等の(鶏鳴狗盗をも含めた)様々な能力を以て、戦国の世に華々しくその名を残している。
ま、まあ、趙の平原君だけは「コイツ何してんだよ」っていうくらいやらかしたエピソードしか思いつかないんだが........
で、この四君ってのは、この国の前王(荘襄王)とは逆に、話題に事欠かない割にはあんまり良い晩年を送ってはいない。
元々がアレなんで平原君だけは何となく平穏に余生を過ごせたようだが、他は政治の中心からは遠ざけられているし、楚の春申君にいたっては暗殺されている。
結局のところ、彼等の上に王がいるってことを民が忘れる程に権勢を誇りすぎたのがその原因だろう。
韓非の唱えた「中央集権国家」という政治システムを参考にすると分かり易いが、臣下がその君主に匹敵する程の権力を持ち、天に二日があるというのは、得てして組織の運営に支障をきたし易いからな。
話が逸れた。
ファンも多いであろう戦国四君をきっちりとディスっておいてなんだが(汗)、当時はまだ食客を多く召し抱えることが一種のステータスになっていたため、呂不韋に仕えるのにそれほど苦労はしなかった。
そうは言っても、ここから「嚢中の錐」となるには、やはりそれなりの工夫が必要なわけで........
ある日のこと、俺は呂不韋に面会を申し込み、その際、取次ぎの者に伝言をお願いした。
ついでに、ほんのちょっとの心付けとな(苦笑)
伝言はこういったものだ。
「奇貨、未だ居くこと能わず」
果たしてほとんど時を置かず、俺は呂不韋に会うことが出来た。
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食客というのは衣食住の対価として、その能力で主人への貢献を期待される存在だが、その能力が思わぬ掘り出し物であることも多い。
それ故に、主従関係としては向こうが上なのだが、それでも呂不韋は俺のことを老師と呼んだ。
「これは老師、随分とご無沙汰をいたしてしまい大変失礼をいたしました。何しろ政務が多忙にて、なかなか自由な時間が作れませんでな」
そう言う割には全く悪びれることも無く、呂不韋は満面に笑みを浮かべながら俺を自室へと招き入れる。
笑顔ではあるが、目だけは笑っておらず、こちらを見定めるかのような鋭い視線。
やはり、俺が伝えた言葉の意味とその意図を測りかねているのだろう。
「構いません、むしろ御多忙中にお時間を頂き恐縮です」
「いえいえいえ。ささ老師、どうぞこちらへ」
下座に跪こうとしたのだが呂不韋はそれを許さず、俺を上座の筵へ座らせる。
そして自らは下座に甘んじ、それでも決して卑下することなく俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
やはり、商売の世界で生きてきただけあって、人を扱う演出は巧みだ。
「さて老師、この不肖の身に、一体どのようなことをお教えいただけるのでしょうかな?」
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