12 墨家
お読み頂きありがとうございます。楽しんで頂けたら嬉しいです。
オタサー姫が口にした「兼愛」という言葉、聞いたことがある。
それは、墨家と呼ばれた集団において標榜された行動理念の一つだった筈。
諸子百家の一つで「墨子」と尊称された墨翟を始祖とし、平等、博愛、平和を求める思想集団。
ちなみに「兼」とは兼く愛する、つまりは自分と他人を分け隔てなく平等に愛するべきということで、長幼の序を重んずる儒学とはかなり異なるんだよな。
面白いのは、平和のためには戦闘をも辞さないことで、侵略戦争を良しとせず攻められる側に味方して戦うこともあるということ。
実際に各地の守城戦において、侵略者を退けたりしてもいるんだ。
その際に決め手となったのが、彼等の持つ攻・守城のためのノウハウ。
つまり墨家ってのはこの時代の技術者集団でもあったってわけだ。
そう考えると余計に、目の前の連中が、農民というよりも理系オタクの集団に見えてきたぞ(汗)
確か戦国時代末期においては秦国内で三つの派閥に分かれており、秦の天下統一の後はその姿を消すんだったよな。
この村はどの派閥に属するのだろう?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
村人達との問答は結局オタサー姫が勝ち、俺は客人として、この村に泊めてもらえることになった。
「どうぞ寛いで下さいね」
と姫に言われ、そうと決まれば村人達も、皆が親切だった。
基本的に、そして思想的にも善人の集団なのだろう。
ただ姫の身の安全を懸念していただけで。
「もうすぐ夕餉ですけど、通古様は何かお嫌いなものはございます?」
「あ、いえ、好き嫌いはございませんので有難く頂戴します」
「良かったわ。たくさん召し上がって下さいね」
「恐縮です。あ、これ、干魚が少しございますので皆さんで召し上がって下さい。海で獲れた魚です」
「まあ、海のお魚なんて珍しいわね」
姫が俺に話しかける度に、回りの連中から多少の黒いオーラが立ち昇る。
分かりやすい程の嫉妬と羨望が、逆に微笑ましくすらある。
俺は別に悪い虫でもなんでもないんだがな.........(苦笑)
......
.....
...
畑で獲れた菜を入れた粥で英気を養った後。
とっぷりと日が暮れたが、誰もが「宴はこれからだ」って感じで酒を........飲んでるわけでは無く、ああだこうだと意見を交わしながら星空を観測している。
薪の節約と星を観るためもあってか、辺りの篝火は控えめだ。
夕餉の前、日が暮れて文字が読みづらくなるまでは皆、何編もの竹簡を読み耽っていたし、俺にも楚の国のことを色々と聞いてきた。
情報の収集や知識の蓄積といったことに随分と貪欲で、成る程、墨家ってのが理系オタク集団みたいだという俺の見立ては、あながち間違ってもいないようだ。
(少なくともこの村に関しては、な)
「通古様は、天文にご興味がおありなのかしら?」
いつの間にか近くに来ていた姫が楽し気に尋ねてきた。
回りの連中から、再びやっかみの視線を感じるが、俺から話しかけたわけじゃ無いんだからな?
どうか大目にみてくれよ?
そんなことを考えていたせいだろう。
うっかりしていた..........
「いえ、天文にはとんと門外漢でして。ただ、なぜ誰も望遠鏡を使わないのか.......とオモイマシテ......」
言ってる途中でやらかしたことに気付く俺。
「ボウエンキョウ?」
「イエ.....ナンデモアリマセン.....(汗)」
ここ最近は大人しく出来ていたと思ってたんだが、まただ!
自分の不注意さがつくづく嫌になる。
この時代にレンズなんてもん、有るわけがなかろうに.....
だが姫との会話に聞き耳を立てていた技術者集団は、自分達の知らぬことを知らぬままにしておけない性根の様で、すぐさま数人が俺を囲み、望遠鏡とは何なのかと聞いてくる。
月光にも負けない程に目を輝かせて俺を見るのは止めてくれないかな?
「望遠鏡ってのはえーと.......異国の道具でして、透明なガラ.....瑠璃を削ったもので遠くにある物を拡大して見ることの出来る道具です」
「............」
「............」
「............それはもしかして、これのことか?」
え?
あるのか??
レンズが???
村人Cが傍らの道具箱から慎重に取り出したのは、紛うこと無き凸レンズ!
前世のそれに比べれば多少精度に難はあるものの、かなりちゃんとした物だ。
「確かにこれを使えば竹簡に書いた文字などは拡大されて見易くはなる。だがこれで月や星を観るのは無理だぞ?」
「そうだそうだ。そもそもこれは火を起こすのに使う物だしな」
「えぇと........通古様、一体どういうことでしょうか?」
姫までが興味津々といった感じで聞いてくる。
今更、知らぬ存ぜぬで誤魔化しきれるものでも無いな......(汗)
自棄になった俺は、問われるがままに二枚のレンズを組み合わせる望遠鏡の仕組み、それもガリレオ式(正立像)とケプラー式(倒立像)の両方についてレクチャーしてしまった。
村の連中は半信半疑ながらも、光の屈折を利用した集光と拡大のメカニズムについては得心がいった様子で、夜が明けたらさっそく試作をしようなどと話し合っており、ついては試作品が完成するまでの間、アドバイザーとしてこの村に滞在して欲しいとも言われてしまった。
まあ、陳勝・呉広の様に咸陽へ行く日が決まっているわけでも無いし、ここで数日滞在することに何ら支障があるわけでも無い。
しっかり注意しておけばまあ大丈夫だとは思うが、好奇心に負けて完成した望遠鏡で太陽を見るヤツがいても困るし、俺はもう少しこの村に滞在させてもらうことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜が明けた。
姫は今日帰るそうだ。
馬が二頭、たった一人の護衛だけを連れての帰宅。
ひょいと馬に飛び乗る。成程それで胡服だったのか。
「それでは通古様、またいずれ何処かでお会いましょう」
「はい。姫も道中、お気を付けて」
皆で姫の姿が見えなくなるまで見送った。
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