11 ある村にて
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農地には青々と麦が実り、あまり護衛を付けていない荷馬車が街道を行き交う。
そんな様を眺めながら、俺は思い切り伸びをする。
蓄積した疲労のせいか、ゴキゴキと身体中が音を立てた。
「ふう、ここが秦国か。いやあ長かった!そして遠かった!」
ひたすら歩くこと、そして歩き続けること数か月の旅の果て、俺はついに国境を越えて秦の地へと足を踏み入れることが出来た。
楚と秦は国境を接しているとはいえ各々の領土が広すぎる上に、なるべく路銀を節約しながらともなると、どうしても徒歩での移動が基本になるからな。
そんなわけでようやく入国したとはいえ、秦の都「咸陽」はまだ遠く、俺はまだまだ歩かねばならない。
先のことを懸念しても仕方無いが、取り敢えず今夜の宿だけ何とかしておきたい。
これまでも野宿の最中に、物騒な連中に遭遇しかけて肝を冷やしたことが何度かあるからな。
「ま、そうは言っても、秦に入ってからは心なしか治安が良くなった気がするんだよなぁ」
うむ、今日の俺は独り言が多いぞ(汗)
さて、商君(商鞅)の治世において始まったことだと記憶しているが、秦国内においては旅券、いわゆる身分証明書がなければ宿に泊まることが出来なくなっていた。
これは確かに面倒で煩わしいことではあるが、逆に言えば秦国内においては物騒な連中が大きな顔を出来なくなったわけで。
そのせいか人々の様子が楚とはどこか異なり、畑を耕す者からは勤勉さを、道を行き交う者からは安心を、つまりは総じて何かしらの余裕を感じる。
どことなく、前世における俺の祖国を思い出すな。
.......
.....
...
思っていたよりも早く日が暮れてきた。
前方に小さな城塞が微んではいるが、この距離だと到着した頃には確実に城門が閉じている筈。
なので街道を少し外れ、そう遠くない場所に見えている集落へと向かうことにする。
数十軒程の家々と、自衛のためだろうか、周りを囲むように柵が建てられている。
あそこなら日が暮れる前にはたどり着くことが出来そうだ。
「何とか泊めてもらえると有り難いんだがな......」
などと呟きながら、旅券と路銀の残りをチェックしておく。
有沙に手配してもらった「孤憤」と「五蠹」の竹簡に比べれば、それ程大切な荷物は無い。
ま、身分は証明できるし、あとは幾ばくかの金を払えば今夜の宿は何とかなるだろう。
うん、そう思っていた時期が俺にもありました.......
.......
.....
...
「申し訳ございませんが、今宵はどなたをもお泊めすることは出来ないのです」
村の長だというその老人は、丁寧に、それでもきっぱりと俺の願いを断った。
旅券を見せ、怪しい者では無いと説明しても、宿泊代は払うと伝えても無駄だった。
じゃあせめて、村の外れ、それも柵の外で良いので野宿をさせてくれと頼みこんだのだが、それも駄目ときた。
しかも村長の背後には屈強な若い連中が数名、無言で圧をかけてきやがる。
村長を含め、皆がその目に強い意志を感じさせるんだが、ここって只の農村だよな?
どこにでもある農村の筈だよな?
それとも秦の農村ってのはどこもこんなもんなのか??
はて?
長閑な田舎だと思っていたのが一転、何やら剣呑な空気になってきた。
その時だ。
「......どうしたの?何があったの?」
鈴を転がすような朗らかな声がしたかと思ったら、村長達の背後から一人の女性が姿を現わした。
.......
.....
...
「そうですか、はるばる楚からいらっしゃったのですね。異国にて宿が無いというのはお困りでしょう。長、どうかこの方を泊めてあげて下さいな」
にこにこしながら俺の旅券を確認する女性。
見た感じ、年齢の頃なら二十歳前後、この時代だとやや年増といったところか。
所々に鮮やかな藍色で彩られた白い胡服を身に付け、胡服だということを差し引いても、その布地の上等さから明らかに上流階級の人間だと分かる。
「し、しかし.....それは.....」
「止めるべきだと思います。何処の誰とも分からぬ者を」
「そうです。やはり危険です、ひめさ.....あっ!」
村長をはじめ村の者達は口々に抗議の声を上げる。
だが、よくある事なのか、件の女性はヤレヤレと困った顔だ。
んで、おい、そこのモブB!
今お前、「姫様」って言おうとしたな?
.........何となくだが読めてきたぞ。
どうやらここは、やんごとなき身分の「お姫様」が、日常を離れて息抜きをする隠れ家のようなもの。
で、村長以下ここの連中は、その「お姫様」を護る私設の親衛隊といったところか?
うん、多分この推察で間違いないだろうな。
そう考えると、うーむ......
お姫様っていうより「オタサーの姫」っぽく見えてきたな.........
まあ、そんな俺の名(迷)推理はおいといて(苦笑)
「困っている方がいるのなら、私達はお互い助け合わないといけないわ」
「ですが、氏素性の分からぬ者を」
「分かるわよ、ちゃんと旅券はお持ちなのだから。でしょう?」
がんばれ姫!その調子だ。
うむ、この分だと今夜は野宿をしなくて済みそうだ。
「ねえ、あなた達が私の身を心配してくれるのは嬉しいわ。だけどそれでは『兼愛』の教えに反するものじゃなくて?」
「そ、それは......」
「いや、しかし.......」
さっきまでの剣呑な雰囲気はどこへやら、目の前の連中が、なんだか微笑ましいわちゃわちゃした集団に成りかけたところへ姫が口にした言葉に、俺はいきなりオタサー姫の妄想から、一気に現実へと引き戻される。
聞き違いでは無い。
確かに今、彼女は「兼愛」と言ったな?
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