完璧なドリブル
最北の「神獣の谷」でシャドウ・ケルベロスを一撃で消し飛ばし、地磁気の歪みから「10日後に瑛人たちが最南部の砂浜に上陸する」という未来を完全演算した広金兼彦。
本来なら、知力SSとスピードSSの能力を維持したまま最短ルートで南下すれば、わずか数時間で砂浜にたどり着く計算だった。しかし、今の兼彦の脳内は、再び心地よい【脳内省エネモード(知力F-)】のボケ状態へと切り替わっていた。
兼彦「えへへ……。みんな無事に向こうからお船でやってくるって分かったから、焦らなくてもいっかぁ。せっかく広い島なんだし、面白いものをたくさん見つけながら、いーっぱい遠回りして楽しんでいこっと」
兼彦は、抱えていたサッカーボールをぽんと地面に落とすと、ポフ、ポフ、と器用にリフティングをしながら、あえて南とは全く違う「西の未開ルート」へとトボトボと歩き始めた。
【広金兼彦:現在のステータス(脳内省エネモード常時発動)】
• 体力:E
• 知力:F-
• パワー:F
• スピード:E
新世界の美しい大自然の中を、兼彦は鼻歌を歌いながら進んでいく。
木漏れ日の差し込む美しい渓谷を通り過ぎる時は、川の飛び石をテンポよくリフティングしながらぴょんぴょんと渡り、見たこともない巨大なひまわりが咲き誇る丘では、花の茎をゴールポストに見立てて一人でシュート練習を始める。彼にとって、この危険度SSの狂暴な新大陸は、ただの「最高に広くて楽しいサッカースタジアム」でしかなかった。
そんな兼彦の平和な遠回りの時間を邪魔するように、草むらからガサガサと巨大な影が躍り出た。
現れたのは、全身がダイヤモンドのように硬い結晶の鎧で覆われた、戦闘力【パワーA・体力S・スピードB】を誇る中ボス級の魔獣『クリスタル・ベア(結晶熊)』だ。
クリスタル・ベア「グルオォォォォーーーッ!!!」
結晶の巨熊が、ボケっと立っている兼彦を肉片に変えるべく、巨大な鋭い爪を振り下ろす。
衝突まで、あと0.3秒。
だが、兼彦の脳(知力F-)は、これをまったく「命の危機」とは認識しなかった。なぜなら、目の前の熊の動きがあまりにも大振りで、今の自分の足元にあるボールの弾みを利用すれば、100%覚醒するまでもなく『遊べる(勝機あり)』と直感したからだ。
兼彦「わぁ、きらきらした大きなクマさんだなぁ。パス、いくよぉ!」
兼彦はフワッとボールをすくい上げると、熊の鼻先に向かって緩やかなロブパスを蹴り出した。
突然目の前に飛んできたボールに、熊は本能的に両爪でパシッとキャッチしようとしてしまう。しかし、兼彦の蹴ったボールには、50%フォルムすら起動していないにもかかわらず、長年のサッカー人生で体に染みついた「絶妙な無回転のブレ」がかかっていた。
クリスタル・ベア「ガウッ!?(ボールが手前で急に落ちて爪をすり抜け、鼻先にポスンと当たって困惑する)」
熊がボールを目で追って完全に体勢を崩したその瞬間、兼彦はトボトボとしたスピードEのまま、熊の股下をスルリとすり抜けた。
兼彦「はい、また抜きぃ! ぼくの勝ちぃ!」
背後に回り込んだ兼彦は、落ちてきたボールを、ただただ楽しそうに背中でポフッとトラップし、そのままリフティングを続けながらスタスタと奥の森へ歩き去っていく。
残された結晶の巨熊は、攻撃されたわけでもないのに、完璧にサッカーの技術だけで翻弄された精神的ショックで、その場にへたり込んでポカンと兼彦の背中を見送るしかなかった。
兼彦「あはは、クマさんおにごっこ楽しかったなぁ。次はあっちの大きな滝のほうに行ってみよっと!」
実力を実感した悠や、命がけで絶海を越えた瑛人たちの苦労などどこ吹く風。
最強のボケ特異点・広金兼彦は、世界最高峰のチートスペックを完全に眠らせたまま、新大陸の過酷な大自然をこれ以上ないほど贅沢に「エンジョイ」しながら、世界で一番贅沢な遠回りの一人旅を続けるのだった――。




