温泉
知力F-の【脳内省エネモード】のまま、リフティングをしながら西の未開ルートをのんびりと遠回りしていた広金兼彦。
深い原始の森を進み、大きな滝の裏側をすり抜けた先で、彼のボケた鼻腔が、大地から立ち上る心地よい硫黄の香りをパチリと捉えた。
兼彦「わぁ……! あったかい煙がポコポコ出てる池があるなぁ。きらきらしてて、とってもいい匂いだなぁ」
巨木の根元、美しいエメラルドグリーンの結晶岩に囲まれるようにして湧き出ていたのは、新大陸のどの冒険者もまだ発見したことのない【最高級の天然秘湯(秘境温泉)】だった。
大自然の濃厚な魔力素が溶け込んだそのお湯は、浸かるだけであらゆる肉体の疲労を100%回復させる伝説の隠れ名湯である。
兼彦はいつも小脇に抱えているサッカーボールを地面に置くと、服をバサバサと脱ぎ捨て、全裸になってそのままザブーーーンとお湯の中に飛び込んだ。
兼彦「ふえぇ……極楽極楽ぅ……。お肉をいっぱいたべた後の温泉、最高だなぁ」
湯船の縁に頭を乗せ、手足を思いっきり伸ばして「ふはぁーっ」と深く息を吐き出す兼彦。
普段は脳のエネルギーを抑えているため、温かいお湯が全身の筋肉に染み渡る感覚が最高に心地いい。兼彦は、自分と一緒に湯船に浮かべたサッカーボールを、まるでお風呂に浮かべる黄色いアヒルのおもちゃのように、頭の上に乗せたり、お腹の上でプカプカと弾ませたりして、ただただ子供のように無邪気に遊んでいた。
じつは、このエメラルドグリーンの秘湯の周囲の茂みには、温泉の魔力に引き寄せられた戦闘力【パワーA・スピードA】を誇る新大陸の狂暴な肉食獣たちが、何匹も潜んで兼彦を狙っていた。
だが、獣たちは誰も動けなかった。
なぜなら、温泉の中で一切の警戒心を捨て、ただただ楽しそうにサッカーボールをプカプカ浮かべている兼彦の「あまりにも隙だらけな姿」が、逆に新大陸の百戦錬磨の魔物たちにとっては、
「バカな……! この危険度SSの領域で、全裸で丸腰のままあんなに無防備に笑っていられるはずがない……!」
「あのプカプカ浮いている球体は、我々が近づいた瞬間に大爆発する古代の質量兵器に違いない……!」
という恐ろしい勘違いを大発生させていたからだ。
魔物たちが恐怖で冷や汗を流しながらガタガタと茂みで硬直しているとも知らず、兼彦は温泉を完全に満喫していた。
兼彦「あはは、お湯があったかくて、ボールさんも気持ちよさそうだねぇ。今日はここでのんびりお昼寝して、明日からもいーっぱい遠回りして歩こっと!」
100%の超天才知能も、50%の通常スペックも一切使わない、ただの完全なボケ状態。
にもかかわらず、兼彦が「ただエンジョイしているだけ」で、周囲の災害級モンスターたちが勝手に戦意喪失して退散していくという、圧倒的にシュールで平和な新世界のひとときだった。
極上の秘湯で、100%完璧に旅の疲れを癒やした兼彦。
瑛人たちの待つ最南部の『始まりの砂浜』へ向かう遠回りの一人旅は、まだまだのんびりと続いていくのだった――。




