ニードル・ラビット
新大陸のギルド本部。
【50%フォルム】(オールD)を維持した兼彦の手には、Fランクの依頼書が握られていた。
『依頼:ギルド裏の薬草園を荒らす【ニードル・ラビット(針鼬兎)】を3匹駆除せよ』
新大陸におけるFランク。それはフレンドリア王国であれば「C〜Bランク」に相当する、一般の兵士が命がけで挑むレベルの魔物である。
兼彦(50%)「よし、まずはこの簡単なやつで、こちらの世界の魔物の強さを確かめよう。……おや?」
ギルドの裏手にある薬草園へ向かおうとした兼彦の前に、ドスンと大きな影が立ち塞がった。
それは、さっき受付で兼彦のステータスを見て大爆笑していた、大柄なSランク冒険者の一人だった。
荒くれ冒険者「おいおい、どこへ行くんだよALL Dのゴミ虫くん。Fランクの依頼か? ニードル・ラビットの針で全身ハチの巣にされて死ぬのがオチだ。……おい、お前が持ってるその奇妙な『球』、上等な魔獣の皮で作られてるな? 命が惜しければそれをここに置いていきな!」
兼彦(50%)「いや、これはただのサッカーボールなので、渡せません」
50%の冷静な頭脳で淡々と断る兼彦に、荒くれ者は青筋を立てて拳を握り締めた。
荒くれ冒険者「ナメやがって……! 新大陸の上下関係ってやつを、その貧弱な体に刻み込んでやるッ!」
男がパワーBの強烈な拳を振り下ろす!
だが、兼彦は【自動覚醒スイッチ】を入れなかった。なぜなら、50%フォルムの脳が「これしきの攻撃、100%を出すまでもない(勝機あり)」と判断したからだ。
兼彦(50%)「(軌道が直線的すぎる。スピードDの僕でも、軸足を一歩引けば……)」
スッ、と兼彦はサッカーのステップの要領で最小限の動きで拳を回避。男が勢い余って前のめりになった瞬間、兼彦は抱えていたサッカーボールを地面に落とし、吸い付くようなトラップから左足の正確なインサイドキックを放った。
パワーD。しかし、ボールは完璧な回転を帯びて、荒くれ者の無防備な軸足の膝の裏へと正確にクリーンヒットした。
荒くれ冒険者「ぶふぉっ!?!?」
格下のパワーDの衝撃のはずが、重心を完璧に崩された男は、自重を支えきれずに無様に地面へとスライディングするように大転倒。そのまま薬草園の垣根へと頭から突っ込んで気絶した。
兼彦(50%)「フォームが崩れているから、ちょっと小突くだけで倒れる。サッカーの基本だよ」
◇
気絶した男を放置し、兼彦は薬草園の奥へと進んだ。
そこには、体長1メートルを超え、背中から無数の鉄の針を生やした凶暴なウサギ型モンスター『ニードル・ラビット』が3匹、こちらを睨みつけていた。
ニードル・ラビット「ギギギギッ!」
3匹が同時に、スピードCの突進を仕掛けてくる。それと同時に、背中から数十本の鉄の針が、散弾銃のように兼彦目がけて射出された。
兼彦(50%)「(……あ、これは流石にまずい。50%のスピードDじゃ、あの針の弾幕を全ては避けきれない)」
迫り来る無数の鉄の針。衝突まで、あと0.5秒。
50%フォルムの脳が、初めて明確な「命の危機」を検知した。
その瞬間、兼彦の脳内でカチリと何かのリミッターが弾け飛ぶ。
【固有スキル:自動覚醒スイッチ・強制発動】
兼彦のどこか頼りなかった瞳が、ガラリと深淵のような、冷徹で鋭い「超天才の質感」へと変貌する。
知力【D ➔ SS】、スピード【D ➔ SS】。
50%の枷をブチ破った瞬間、世界は完全に停止した(スローモーション)。
兼彦*(……演算開始。針の弾道は計34本。僕のスピードSSをもってすれば、すべての針の間をすり抜けるのは容易。……勝機あり。100%(フルパワー)で一撃で終わらせる)*
世界をスローで見る神速【SS】のステップで、兼彦は雨のように降ってくる鉄の針の隙間を、まるでダンスを踊るように華麗に回避。
同時に、空中に浮いたままの自分のサッカーボールの回転を、ミリ単位で完全演算して左足を振り上げた。
【アクティブスキル:完璧なる魔力弾】
兼彦が触れた瞬間、サッカーボールの周囲の重力と魔力素が完全に計算し尽くされた「最適なディンプル(くぼみ)」を持つ、兼彦専用の超魔力球へと変化する。
兼彦*(3匹の魔物の位置、および風向き、空気抵抗を計算。……反射角は45度。1球で3匹同時に急所をブチ抜く)*
兼彦は、痛覚を遮断した最高硬度の肉体(体力S)と、音速を超える爆発的脚力(パワーA)を込めて、その魔球を思いっきり一閃した!
バコォォォォォンッ!!!!!
鼓膜を震わせる爆音。放たれた魔球は、1匹目の魔物の眉間を撃ち抜くと、物理法則を完全に無視して空中であり得ない直角の軌道を描いた。
【固有必殺技:魔球・神速超カーブ】
ジグザグの電光のような神速のUターンを描きながら、魔球は2匹目、3匹目の死角である首元をピンポイントで次々と爆破していく。
ニードル・ラビット「ピ、ピギャッ……!?」
新大陸の獰猛な魔物たちは、何が起きたのかを理解することすら許されず、3匹同時に一瞬で光のチリへと霧散した。
兼彦「ふむ……。3クッション、計算通りだね」
戦闘が完全に終了した瞬間、覚醒による凄まじい脳の疲労を和らげるため、兼彦の脳は一瞬で元のモードへと切り替わった。
だが、今回は50%フォルムのメモリを消費していたため、脳の反動がデカい。
瞳の輝きが消え、50%を維持できなくなった兼彦は、完全に【脳内省エネモード(知力F-)】のボケ状態へと退化した。
兼彦「あれぇ? ウサギさんたち、みんなどこ行っちゃったのかなぁ? かくれんぼかなぁ? ギルドのお姉さんにお薬(薬草)渡しにいこっと」
トボトボとした足取りで、サッカーボールをポフポフと蹴りながら、兼彦はボケた顔のままギルドへと戻っていくのだった。
これが、新大陸のギルドに「FランクにALL Dの化物がいる」という都市伝説が広まる、最初の事件だった――。




