2004年12月 埼玉県K市
「オリオンファーマシーって知ってる?」
新聞配達所の責任者が不安そうな目でぼくに質問する。
「バイパス沿いに新しくできたドラッグストアですか?」
ぼくは慎重に言葉を選びながら答えた。
薔薇の花束 獅子座のペンダント 記憶のメカニズム……
プールから上がる妹に言われて思い出した。
ぼくは中学生の時、新聞配達のアルバイトをしていた。毎朝暗いうちに家を出て、新聞を配りながら夜明けを迎える。
「そうだ、君にはあの辺りを担当してもらおうと思う。だけど、本当に大丈夫? 毎朝ちゃんと起きれる?」
これは、初めて新聞配達所に行った時の記憶だ。責任者が最初の一週間は一緒に回って、新聞を配る家を教えてくれたのだった。
「ああ、そこはそうじゃない!」
郵便受けに新聞を入れようとしたら、三分の一だけ差し込むのだと注意された。郵便受けには家ごとに、半分差し込む、九割入れる、完全に入れる、など入れ方のリクエストがあると言う。複数の新聞を取っている家では、郵便受けが複数あって、どの郵便受けにどの新聞を入れるかが指定されていた。
「違う違う、この家は玄関のドアの隙間に新聞を挟むんだ」
それもドアノブより十センチ上に——
玄関ドアに新聞を挟む家では、どの高さに新聞を挟むのかについて指定があった。ドアノブと同じ高さ、ドアノブより十五センチ下、地面から二十センチ上、という具合に。
さらに玄関の扉の前に置く、門柱の上に置く、門の外から投げ込む、などのリクエストもあった。
一週間の研修期間が終わって初めて一人で新聞を配った翌朝、責任者に呼ばれた。
「君ね、昨日ね」ギクリとする。
「田中さんから電話があったんだよ、朝刊が入ってないって」
責任者は口元からピチャピチャと水が滴るような音を発しながら、田中さんの家以外にも、配るべき新聞を配り忘れた家、違う新聞を配った家、配り方が間違っていた家を指摘した。ぼくがミスをすると、責任者は頭を下げながら新聞を配り直す。なんとか迷惑をかけないよう、次の日も頑張って新聞を配った。しかし、ミスはなくならなかった。
面倒なことに、ようやく覚えた頃に旅行や法事に出かける家があった。留守中新聞をストップして欲しい、そしていついつから再開して欲しい、再開するときには留めていた期間中の新聞をまとめて持ってき欲しい、という要望が入る。
記憶は連鎖している。
ある家に新聞を配るのをストップすると、その家の前後に配る新聞がわからなくなってしまう。せっかく覚えたパターンを変更することは、ゼロから覚えるより難しかった。それはぼくが記憶のメカニズムについて、最初に理解したことだった。
逆に特色があるものは記憶に定着しやすい。ドアが派手なピンク色の家、家も玄関ドアも今にも崩れそうなのに表札だけ立派な家、門柱の上にカエルの置物がある家。
一体どんな人が住んでいるのだろう? カエルのように広い口角と、感情を含まない黒い大きな目玉を持った男が、新聞を広げているところを想像した。ある朝その家に新聞を配ると、カエルの置物の裏の暗闇から、その男がぬーと顔を出すのだ。そのように印象的なイメージを紐づけると、記憶が定着しやすいことがわかった。それも記憶のメカニズムについて知ったことだ。
ぼくには新聞配達の仕事が、日本の高い新聞購読率を支えているなどという誇りはなかったし、新聞購読率の高さを誇りに思うということが、どういうことかわからなかった。でも、記憶のメカニズムについて理解を深めると、新聞を正確に配れるようになることがわかった。脳の中には無数の引き出しがあり、どの引き出しに何が入っているかを素早く見つける知的なゲーム、それが新聞配達の楽しみだと思うようにした。
日本の朝は、ゆっくり明るくなった。
*新聞配達アプリが普及した始めたのは2020年頃です。この回の舞台となる2004年はアプリはおろかまだスマートフォンもありませんでした。
*貧困家庭の中学生を経済的に支える「新聞奨学生」の仕組みも現在はありません。児童福祉の価値観が社会に浸透したことや給付金、児童手当、就学援助制度など公的支援の拡充が主な原因です。




