2005年6月 埼玉県K市(2)
「もう一度聞くぞ、どうして水木はお前に告白してくれと頼んだんだ?」
学年主任でもある主幹教諭が厳しい表情で聞いた。
「わかりません」ぼくは顔を伏せて小さな声で答えた。
「お前は水木と親しかったのか?」
「いいえ、特別親しいというわけではありません」
「じゃあどうして水木は、そんな大事なことをお前に託したんだ?」
「わかりません」
主幹教諭はじっとぼくの顔を見つめた。それから壁にかかっている時計を見て何かを考えるように瞳を閉じ、またぼくの顔に視線を戻した。
「じゃあ、お前は津々美とは仲が良かったのか?」
「いいえ、天体観測会のとき話したのが初めてです。そして次に話したのがあの電話のときです。その時津々美さんに好きだと言いました」
「だからそれは何度も聞いたよ」
主幹教諭はうんざりした顔で机をドン、と叩いた。
「津々美は水木とは付き合えないと言ったんだな?」朝から三回目の同じ質問だ。
「だから断ったわけじゃありません。ぼくが先に好きだと言ったから……」
「わかった、わかった、その話はもういい」
主幹教諭はめんどくさそうにぼくの言葉を遮った。津々美さんとぼくがお互い好き合ってるということは、誰にも理解されないんだと思ったら少し悲しくなった。窓の外では細い雨が、カーテンのように校庭と灰色の空を覆っている。どこからか市議会選挙の立候補者の名前を繰り返す選挙カーの声が響いていた。
「そもそもお前はどうして自分のことをぼくと言うんだ?」
「そ、それは、ぼくはぼくだからです……」
主幹教諭は首をぐるっと回し、ぼきぼきと音を立てる。うぐいす色の湯飲みに手を伸ばし、残っていた冷めたお茶をずいと喉に流し込んだ。
「お前は水木から津々美に告白してくれと頼まれた。そして津々美に電話をした。ここまでは合ってるな?」
「はい」
「で、お前は水木の気持ちを伝える前に、津々美に好きだと言った。津々美もおまえを好きだと言った。間違いないか?」
「はい」
「それで、お前は電話を切った」
「はい」
「じゃあ、水木の気持ちは告げなかったと言うことか?」
「何度も言うように、結果的にそう言うことになります」
主幹教諭は足元に視線を落とした。自分が履いている健康サンダルに、何か不具合でも見つけたような表情で、しばらくサンダルのトラップを見つめていた。
「つまり、電話のことは直接関係ないのかもしれないな」
「その可能性はありますね」隣に座っている担任が首を上下に振る。
「こんなことを疑ったら不謹慎かもしれないけど、電話のことがショックで自殺するならその水曜日にすぐ、というのが普通じゃないでしょうか? こんなケースで普通というのも普通ではありませんが」
「電話が理由なら、土曜日まで待ったのはなぜか? という疑問がわくな」
「それに、どうしてわざわざ休みの日に音楽室へ行ったんでしょうか?」
「わからんな、さっぱり」
「誰かに呼び出されたのでしょうか?」
水木くんの自宅の部屋からも、学校の教室の机からも、遺書のようなものは見つからなかったらしい。いじめを示唆するノートやメモも見つかっていない。
ぼくと津々美さんとの関係は、それ以上聞かれなかった。ぼくと津々美さんが好き合っているということは、頭の固い大人には理解できないのだ。しかし誰にも理解されなくても、あの電話で確認した、ぼくと津々美さんがお互い惹かれ合う気持ちは本物だ。
それから数週間は、教育委員会や市役所の職員、民生児童委員などの大人が学校に出入りした。全校集会や学年集会、保護者説明会が開かれ、東校舎に新設された「心の教室」に、スクールカウンセラーが常駐した。音楽室は使用禁止になり、音楽の授業は多目的教室で行われた。
理科室も教材倉庫も生徒の立ち入りが禁止され、天体観測会はそれ以降開催されることはなかった。
教材倉庫で水木君が見つけた小鼓は市の教育会館に移管され、程なく元の持ち主が判明した。
持ち主が判明した日に、意識不明だった水木君は目を開けた。




