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2020年2月13日 フロリダ(2)

 バルコニーでジャッジのトップ三位のニュースを見たあと、ジーンズとロンティーに着替え、レンタカーを運転してアウトレットモールへ向かった。

 高速四号線を走ると、昨夕の情景が次々に思い出された。帰宅ラッシュの渋滞、助手席で雨の景色を眺めていたるみ、FMラジオから流れる切ないラブソング、エレベータのセーフティーシューに足を当てた感触、部屋に入る前にるみが行った不思議なポーズ、ワイングラスを重ねる音、濃厚接触——。

 助手席に置いたワイヤレススピーカーから流れる「フロリダ2020」の音楽が、僕を現実に引き戻す。逆光で見えにくい道路の案内標識を確認しながら、慎重に車線変更して、アウトレットモールの広大な駐車場に車を止めた。


 カリブ海のリゾートをイメージさせるオープンエアーのショッピングストリーには、大勢の買い物客が笑いながら行き交っていた。青い空にまっすぐ伸びるヤシの木が心地よい影を作り、パラソルや看板を揺らす風の中に海の気配を感じる。軒を連ねる華やかなショーウィンドウを覗きながら歩き、いくつかの通りを進み、いくつかの噴水広場を曲がり、いくつかのスターバックスコーヒーを通り過ぎて、アンダーアーマーのアウトレットにたどり着いた。

 店に入ると、重低音の音楽がフロアー中に響いている。アメフト選手の鍛えられた筋肉の身体を模したトルソーが、最新のトレーニングシャツを着て、顔のない上半身で誇らしげに宙を見つめている。ランニングウェアのコーナーでは、二枚買うと一枚無料でもらえる「BUY 2 GET 1 FREE」キャンペーンをやっていた。気に入ったデザインのシャツがあったので買うことにした。

 クレジットカードを出して精算する時、るみはドラッグストアでレジ係をしていたと言ったことを思い出した。僕の部屋のソファーに座り、ワンピースの裾から見えたるみの白い足が生々しく脳裏に蘇る。

 店内に流れる音楽がマルーン・ファイブの「メモリーズ」に変わった。「思い出が君を連れ戻してくれる」と繰り返し歌っている。数人の買い物客が曲に合わせてステップを踏み、声を揃えて歌い出す。振り返るとそこにるみが立っている気がした。

 アンダーアーマーのショップを出て、さらに通りを歩いた。海賊のコスプレをした人たちとすれ違い、海賊のコスプレをした人たちが歌って踊るステージの前を通り過ぎる。一際大きなショッピングストリートが交わるイベント広場の一角に、バナナリパブリックのアウトレットを見つけた。

 明日着て行くための、少ししっかりした服を買おうとそのショップに入った。ここでも「BUY 2 GET 1 FREE」キャンペーンをやっている。僕は黒のアンクルパンツと、白いポロシャツと、ブルーグレーのジャケットと、タッセルローファーを買った。

 バナナリパブリックのショップを出て少し歩いたら、フードコートがあった。肉やピザや香辛料を焼く香ばしい匂いに誘われ足を踏み入れると、ドーム天井の天窓から光が差し込むアリーナのような巨大な空間は、人気DJのライブパフォーマンスが始まるような興奮に包まれていた。音楽や人々の話し声が熱気を帯びた大きな塊となって反響している。

 フードコートのお店を何件か見た後「リアル食材八十パーセント以上使用」と謳っているサンドイッチ専門店で、今日のお昼を食べることにした。全粒粉パンを使った、オーガニック野菜とナチュラルチーズのサンドイッチに、ココナッツミルクラテをオーダーして、空いているテーブルに腰掛けて食べた。

 隣のテーブルでは、太った家族が巨大なハンバーガーと、山盛りのポテトフライトと、バケツほどの大きさのコップに入ったコーラのランチセットを美味しそうに食べていた。サンドイッチを食べながら、またるみのことを思い出し、周囲を見回した。そのとき隣の太った家族のお父さんと目が合った。


 ラテを飲みながら、スマホを取り出して「オリオン教団の元信者による放火未遂事件」のニュースについて調べてみた。

 有名な料理研究家の失踪事件に、オリオン教団が関係していると訴えていたユーチューバーの自宅が、放火された事件だった。この料理研究家は三日ほど前から行方が分からなくなっているらしい。

 スマホアプリのジャッジを開き、この事件に対する閲覧者の「ジャッジ」をチェックする。「非常に悪い」が二十三パーセント、「悪い」が三十八パーセントだった。

 ちょっと意外だ。放火という行為に対して、悪いと判断している人の割合が六十一パーセント……それ以外の人は放火が「悪くない」と思っているのだろうか?

 コメント蘭を覗くと「みんなが生まれつき健康なわけではない」「お医者様をバカにするからだ」「厚生労働省を目の敵にしすぎ。いなくなってせいせいしてます」というような、料理研究家の失踪を歓迎する意見が並んでいる。

 コメントを書き込んだ閲覧者のツィッターへ飛んで、ハッシュタグで「オリオン教団」「放火」のツィートを追ってみる。「教団内部で内紛が起きている」と指摘する書き込みがあったが、そもそもこのニュースは盛り上がっていないようだ。ユーチューバーが注目を集めるため自分で放火した、と言う書き込みさえあった。

 僕は「学校の休校」についても、ジャッジでチェックしてみた。

 予想外にこのニュースもあまり盛り上がっていなかった。閲覧者のジャッジは「賛成」が五十六パーセント、「理解できる」が二十三パーセント、と休校を支持する人が八割近くいる。子供達の教育を受ける権利とか、子供は重症化しないので休校はやりすぎ、というような意見は目立たなかった。

 ジャッジには、ネット空間での信用度を付与する役割がある。ジャッジの投票結果や利用履歴、コメントなどから、その人のネット上の信用スコアーが決まる仕組みだ。

 ジャッジのスコアーは、ツイッターやブログにも反映される。ジャッジスコアーが低い人が書いたブログやSNSは、内容に対する信頼性も低くなり、検索結果に表示されにくくなる。

 逆にジャッジスコアーが高い人のネット上での発信は、検索上位に表示され、拡散され多くの人に支持される。ハイスコアラーのツィートやブログは、その内容にも信用スコアがつき閲覧回数が増える仕組みになっている。新興企業のジャッジは、グーグルが独占してきた検索帝国を脅かす存在になりつつある。

 隣で笑い声がしたので顔を上げて見ると、太った家族のところへ別の太った家族が合流して、丸太のように太い腕を回しハグしていた。

「これ使っていいかな?」

 お父さんが僕のテーブルの椅子を指差す。

「どうぞ」

 僕は手のひらを上に向けて笑顔を作った。お父さんと息子は、ありがとうと言いながら、全てのイスを自分たちのテーブルへ移動させた。

 再びジャッジのトップニュースを開くと、さっきと順位が変わっていた。放火のニュースが圏外に去り、新たに「メジャーリーガーの水木選手が中学生にフロリダ旅行をプレゼント」が入っている。水木選手は今シーズンからメジャーリーグの球団に移籍し、春季キャンプのためこのフロリダに来ているらしい。

 美談なはずなのに、このニュースに対するコメントも、否定的なものが多かった。

「学校の休校の時期に中学生がフロリダ?」「水木選手の売名行為だ」

 休校を支持してる人たちが、猛烈に反対しているのだろうか? 自分のお金を出すわけではないのだから、このような批判的なコメントは見当違いな気もする。誰かが幸せになるのを引き摺り下ろしたいと思っている人が、大勢いると言うことか? 

 かって日本人の勤勉さと読書習慣が、世界に賞賛された時代があった。社会科学者エズラ・ヴォーゲルが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を著し、世界の時価総額トップ十社に日本企業が七社入っていた一九八〇年代だ。

 日本人の良識は、ウィルスの流行とともに荒んでいくのだろうか?


 スマホに目を戻しその先を読もうとしたら、突然Wi-Fiが落ちた。

 何度試しても繋がらない。諦めて残りのサンドイッチを口にほうばり、ココナッツミルクラテで流し込む。

 スマホをポケットにしまい、席を立ってゴミ箱にサンドイッチの包みやカップを分別して捨てた。それから洗面所へ行き鏡の前で十回笑顔を作って笑った。途中で人が入ってきてたので中止し、手を洗い髪型を整えた。フードコートを出ると、出口の先は大きな噴水がある広場になっていて、その周りに青いパラソルと白いテーブルがいくつも並んでいる。

 どっちの方角から来たんだっけ....... 

 広場の前で立ち止まり、迷いながらキョロキョロ首を振る。

 その時、後ろから声をかけられた。

「すみません、日本人の方ですか?」

 振り向くと、中学生くらいの女の子が立っていた。

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