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明智十兵衛、天下を統べる  作者: 岡崎 隆幸


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第二十八話 帰蝶の決意



 織田家からの縁談が持ち込まれてから、数日。

 俺は明智城へ戻る途中、帰蝶から呼び出された。

「十兵衛様」

「帰蝶様。何か?」

「少し、お聞きしたいことがございます」

 帰蝶はいつになく真剣な表情をしていた。

「織田家との縁談のことですね」

「はい」

 帰蝶は小さく頷く。

「父上は、この縁談を受けるおつもりなのでしょうか?」

「まだ決まったわけではありません」

「兄上は反対されています」

「そうですね」

 帰蝶はしばらく黙っていた。

 そして、意を決したように顔を上げる。

「十兵衛様」

「はい」

「織田三郎信長という方を……調べていただけませんか?」

「私が信長様を?」

「はい」

 俺は思わず息を止めた。

 ――織田信長。

 俺が知る歴史上の人物。

 後に天下布武を掲げ、戦国の世を大きく変える男。

 そして、本能寺で俺が討つことになる男。

確かに婚姻をする相手を知りたいのは現代でも、

戦国のこの時代でもそうだろうな。

俺が、彼女の立場でもそうするだろう。

まぁ、現代だとマチアプで会話をしてお互いをしる方法があるがこの時代だとそうはいかない。

「なぜ、私に?」

「十兵衛様は京にも堺にも行かれています」

 帰蝶は静かに続ける。

「多くの人とお会いになっているのでしょう?」

「まあ……」

「ならば、織田家についても、私たちより詳しいはずです」

「……」

「私は、噂だけで嫁ぎ先を決めたくありません」

 その言葉に、俺は帰蝶を見つめた。

「自分で決めたいのです」

「帰蝶様……」

「織田家が敵だから嫌だというのではありません」

 帰蝶はまっすぐ俺を見る。

「もし、その方が私の夫となるのであれば――」

 一度、言葉を切る。

「私は、その人がどのような人なのかを知りたい」

 俺は頷いた。

「分かりました」

「本当ですか?」

「はい」

 俺は笑った。

「私の知る限り、調べてみましょう」


 *


 それから数日。

 俺は織田家と縁のある者たちから話を聞いた。

「織田三郎殿ですか?」

「ええ……まあ、変わったお方ですな」

「変わった?」

「尾張では『うつけ』と呼ばれております」

「うつけ……」

 別の者にも聞く。

「信長殿はどのような方です?」

「若い頃から、型にはまらぬお方です」

「具体的には?」

「町を歩けば身なりも構わず、家臣たちを困らせることもある」

「……」

 さらに別の者。

「しかし、戦となれば話は違う」

「どういう意味です?」

「兵を動かす才はある、と聞きます」

 俺は考え込んだ。

 ――やはり。

 俺の知っている「うつけの信長」と大きくは違わない。

 だが、重要なのはその奥だ。

 さらに情報を集める。

 信長が鉄砲に関心を示していること。

 既存の慣習に縛られないこと。

 家臣や商人との関係。

 そして――。

「父・信秀殿との関係は?」

 そう尋ねると、返ってきた答えは興味深いものだった。

「仲が悪いという話もありますが……」

「ありますが?」

「信秀様も、三郎様の才を認めているという話があります」

「なるほど」

 俺は考えた。

 帰蝶に伝えるべき情報は揃った。


 *


 数日後。

 帰蝶と再び会う。

「それで、十兵衛様」

「はい」

「織田三郎様は、どのようなお方でしたか?」

 俺は慎重に言葉を選んだ。

「一言で表すなら――」

 少し間を置く。

「普通の武士ではありません」

 帰蝶が目を細める。

「悪い意味ですか?」

「いいえ」

 俺は首を振る。

「良くも悪くも、今までの常識に収まらない男です」

「……」

「人からは『うつけ』と呼ばれているようです」

 帰蝶は黙って聞いている。

「ですが、それだけではない」

「何かあるのですね」

「はい」

 俺は続けた。

「戦についても、物事を見る目についても、才があるという話があります」

「なるほど……」

「そして何より」

 俺は帰蝶を見る。

「自分が正しいと思ったことを、周囲が何と言おうと貫く男だと思います」

 帰蝶はしばらく考えていた。

「……それなら」

「はい?」

「私は、この縁談を受けようと思います」

 俺は目を見開いた。

「よろしいのですか?」

「はい」

 帰蝶は静かに微笑んだ。

「私はまだ、その方を知りません」

「……」

「だからこそ、会ってみたいのです」

 その瞳には迷いがなかった。

「そして――」

 帰蝶は小さく息を吸った。

「もし私が嫁ぐことで、美濃と尾張の争いが少しでも減るのであれば」

 凛とした声だった。

「私は、斎藤家の娘として、その役目を果たしたいと思います」

 俺は何も言えなかった。

 帰蝶は自分で決めた。

 父に命じられたからでもない。

 兄に反対されたからでもない。

 自分で信長という男を知り、自分の意思で嫁ぐことを決めたのだ。

 だが俺には、一つだけ気掛かりがあった。

 ――信長。

 俺の知る歴史では、その男は後に天下を狙う。

 そして俺は、その男を本能寺で討つ。

 帰蝶が信長の妻となることで。

 俺自身の運命も、大きく変わってしまうかもしれない。

 それでも――。

 今はまだ、その時ではない。

 俺は帰蝶の決意を胸に刻んだ。

「……承知しました」

「よろしくお願いします、十兵衛様」

 こうして、帰蝶自身の意思によって――。

 織田信長との縁談が動き始めた。

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