第二十ニ話 襲撃の報
鉄砲鍛冶の佐吉と、美濃へ戻る準備を進めていた頃。
京の町に、妙な噂が流れ始めた。
「……三好修理大夫を?」
俺は耳を疑った。
三好長慶。
畿内で大きな勢力を持つ男だ。
その三好長慶を、細川管領家の者たちが襲撃するという。
しかも――。
「連歌の会が開かれている公家の屋敷で、ですか?」
「ええ」
情報を持ってきた男が頷く。
「三好修理大夫殿が連歌の会に招かれているところを襲うという話です」
俺は考え込んだ。
まずい。
歴史がどう動くのか、俺の知識だけでは完全には分からない。
だが、この時代の三好長慶がどれほど重要な人物なのかは知っている。
ここで三好長慶が討たれれば、畿内の情勢は大きく変わる。
「……将軍家へ行く」
「将軍家へ?」
「三好修理大夫の保護を願い出る」
*
足利将軍家。
俺は何とか取次を求め、事情を説明した。
「三好修理大夫が襲撃される?」
「はい」
「確かな話なのですか?」
「確実とは言えません。しかし、もし事実ならば――」
俺は頭を下げる。
「将軍家において、三好修理大夫を保護していただきたい」
だが。
返ってきた答えは、冷たいものだった。
「証拠がない」
「しかし――」
「そのような噂だけで、将軍家が動くことはできぬ」
「……」
「それに、三好家の問題に将軍家が直接介入すれば、余計な混乱を招く」
俺は唇を噛んだ。
「承知しました。」
それ以上は言えなかった。
*
外へ出る。
夕暮れの京。
「……くそっ」
思わず拳を握った。
将軍家が動かない。
ならば――。
「俺が行くしかない」
三好長慶がどこにいるのか。
連歌の会が開かれる公家屋敷。
そこへ向かう。
馬を借りる時間すら惜しい。
俺は一人、急いで京の町を駆けた。
*
「十兵衛殿!」
後ろから声がした。
振り返る。
「……三淵殿?」
三淵藤英が走ってくる。
その隣には――。
「細川殿まで……」
先日、本能寺の門前で初めて会った男。
細川藤孝。
「なぜこちらへ?」
「兄上から話を聞きました」
藤孝が答える。
「三好修理大夫様が襲撃されるとお聞きしました」
「はい」
藤英が息を整える。
「先ほど将軍家へ向かったそうですな」
「ええ。しかし、保護は断られました」
「それでお一人で向かうつもりですか?」
「そのつもりです」
「無茶ですぞ」
藤英が俺を睨む。
「相手は細川管領家です」
「分かっています」
「それでも行かれますか?」
「だからこそです」
俺は答えた。
「三好修理大夫様が殺されれば、京はさらに乱れます」
藤英は黙った。
藤孝が口を開く。
「兄上」
「何だ?」
「私も参ります」
「藤孝?」
「三好殿を助けるのでしょう?」
「……」
「ならば、人数は多い方がいい」
藤英は弟を見る。
「お前まで巻き込むつもりか」
「兄上だけ行かせるわけにはいきません」
「それと使いの者に人手をよこすように伝えます。」
藤孝は俺を見る。
「明智殿」
「はい」
「先ほどの話、本当なのでしょうね?」
「私が知る限りでは」
「ならば、私もお供します」
藤英がため息をついた。
「仕方あるまい」
そして俺を見る。
「十兵衛殿」
「はい」
「私も参ります」
「……ありがとうございます」
「礼は後です」
藤英は腰の刀へ手を添えた。
「三好修理大夫を、生きているうちに見つけましょう」
*
三人で走る。
先頭を俺。
その後ろに藤英。
そして藤孝。
京の町を抜ける。
やがて、目的の公家屋敷が見えてきた。
だが――。
「止まれ!」
遠くから怒号が聞こえた。
複数の男たちが走っている。
「始まっているのか……」
俺は刀に手を掛けた。
「急ぎましょう!」
三人が速度を上げる。
連歌の会が開かれている屋敷。
そこには、すでに不穏な気配が満ちていた。
この先で待っているのは――。
三好長慶。
そして、彼を討とうとする者たち。
俺は刀の柄を握り直した。
歴史を変えるつもりなら。
まずは――。
目の前の命を救う。




