てんどん
バハームの街郊外――
鬱蒼としげる森に近い開けたその場所で、呻き声をあげるそのゴブリンの群れにタローはたじろいでしまう。
森の群れから引き離されたゴブリンたちが、屍累々の形相であたり一面に倒れていたのだ。
さらには大量の木の杭が並ぶ。そして大量の荒縄も。
その木の杭は、まるで十字架のように十字に縛られていた。
「あー。来た来た。学生さんね!」
そういって荒縄を渡してくるのはどうみても少女だ。
ワンピースはもともとは可愛らしい白とピンクの柄ものでものすごく美少女である。
ゴブリンの返り血を受けてところどころ血の雫にまみれてさえいなければ。
どうにも凄惨というイメージが付きまとう。
まさに≪殺戮の小悪魔≫の通り名通りの少女であった。
「それで、今日やることはこのゴブリンたちを十字架に縛って磔にしていくことよ」
じゃじゃーん。とか謎の効果音を口にしながら少女は手を広げひらひらさせた。
「この量を……」
どうみても倒れ伏しているゴブリンたちは100体を下らないだろう。
しかもゴブリンたちは衰弱はしているが、ときおりはびくん、びくんと体が動いており、今にも動き出そうである。
これを縛るとしたらものすごい労力となるに違いない。
さすがあれだけのお金を出すだけの仕事だと納得する。
「私、ぶっさつとか逝かせると殲滅系には自信があるのだけれど、縛るとか解体するとかSMっぽいのはちょっと苦手で――」
「いや、それSMって言わないから」
「そう? ともかく縛るのよろしくねッ? 十字架建てるの私がやるから――。君筋力ないでしょ?」
いかにも二つ名通りの小悪魔っぽい笑顔を浮かべる少女であるが、とても筋力があるようには見えない。
「えーっと、君は俺が縛っている間どうしているんだ?」
「ほら、あそこを見て。あれの討伐よ?」
その少女はどこから取り出した、自分の身の丈よりも大きな剣を――おそらくはアイテムボックスから――取り出すと身構える。
そこにいたのはゴブリンの軍勢だ。
近くの森から倒れているゴブリンを救出に来たのであろう。
中には、ライオンの姿もあった。
「うげ、あんな数倒せるのかよ。しかもなにあれ? ライオン!?」
その数はここにいるゴブリンたちとほぼ同数程度だろうか。
それになんと本当にライオンである。
ライオンなんて、富士山の近くにあるサファリパークでしかタローは見たことが無かった。
それが近づいてくる。どうしよう。
「なーに。レベルを上げて物理で倒す。ね。簡単しょう?」
クルスはタローの怯えに苦笑する。
そのセリフに、タローは「あ、こいつがヤマダの師匠か」と確信するに至るのだった。
・ ・ ・ ・ ・
「またやるのか、あれを――」
そこに現れた磔にされたゴブリン群れを見ながら、ヤマダはあの日のことを思い出す。
磔にされたゴブリン。
それはヤマダが低レベルであったとき、レベルを稼ぐためにやらされた修行の一つだ。
その場には、≪殺戮の小悪魔≫クルス・アマト―、ヤマダとフェイノ、ゴブリン解体用に呼んだという冒険者のおっさん、それになぜかタローの姿もあった。
クルスはいつもと同じ白を基調とし、ピンクのひらひらのついたドレスを着ている。
昨日のゴブリンの返り血の跡は一つも残っていない。
何着も同じ服を持っているのだろうか。
その他の人もいつもと同じような恰好であるが、フェイノだけはいつもとは違い日本の巫女のような恰好をしていた。
ただし白い服に赤い袴というわけではなく、黒い服装で袴の赤色もどちらかといえば暗めな色である。神官系の戦闘服なのであろうが、なにかダークプリ―スト系なイメージを思わせる感じだ。
「こりゃあ壮観だねぇ――」
冒険者のおっさんが呟く。
十字架に架せられたゴブリンの数はおよそ150体だ。
その場には200体程度のゴブリンがいたが、クルスの手によって一部は勢い余って死んでしまっていた。
さすがにベテラン冒険者のおっさんでも、これだけの数を剥ぎ取りするのは骨が折れるだろう。
絶対に1日では終わらないと確信できるレベルだ。
「これ、全部を一人で解体はちょっと……」
「じゃぁ、そこの学生使うとかはどう? 報酬は均等分にするけど。あぁ、はぎ取ったアイテムはすべてあげるわ。もともと殺したまま放置するとアンデッド化するから良くないと思って剥ぎ取り頼んだだけだから」
「それなら埋葬するだけにしますよ。ゴブリンから剥ぎ取りしたって、たいした金にゃぁならねぇ」
そこで、ヤマダは「あぁ、これでお肉を消化してくれる『スタッフが美味しくいただきました』といテロップはこういうところで使うのだなぁ」と思った。
スタッフといえば、杖か。スタッフ(スタッフが)・オブザ・イーターとか思念魔術で創造したら面白そうだ。
とも思ったがあまりにふざけすぎているだろうと自重する。
また今度機会があったらやってみよう。
「学生さんには討伐部位だけ取らせて冒険者ポイント稼ぎにつかってくだせぇや。俺にとっちゃゴブリンごとき冒険者ポイントすらゴミですが、学生さんにとっては違いますから」
「なるほど、良い意見ね」
冒険者の冒険者らしいコメントにうんうんとうなずくクルスは、一本の貧相なヤリをフェイノに手渡した。
「さぁ、殺ろう! ようこそ! レベルを上げて物理で叩こうの世界へ――。殴り神官とかサイコーっすよ」
蒸せかえるような血の雨がこれから降るのだろう。
そのとき、1体のヒュージゴブリンが磔にされながらも目覚めると暴れ出した。
「我が名はゴブリン族の勇猛なる戦士、呉のブリン! たとえこの身が滅びようと、この魂は死なん! 第二、第三のゴブリンがきっとお前らを倒すことだろう!」
「「おぉぉ、兄者ぁぁぁ」」
その声の大きさに周りで目覚めたゴブリン達がむせび泣く。
だが彼らも磔にされている手前、身じろぎすることすらもできない。
「さぁ、ぷすーっと」
「か、可愛そうだよ……」
良心の呵責に耐えきれなくなったフェイノがついに崩れ落ちる。
確かに情に来るものがあるだろう。相手はゴブリンだが。
巫女ルックの袴が地面に振れることで汚れた。
ならばとヤマダはヤリを上等な装飾の入ったものに差し替えてみる。
「ならばこの伝説の聖槍、ゲイ・掘るクであれば――」
「腐腐腐。まさかのBL展開って!? ちょっと名前的に魅力的かもしれないけど私には無理よ。それって男の子同士で使うモノでしょう?」
フェイノは少しずれていた。
「よし。じゃぁタローお前やれ。あ、ウィンドウでフェイノとパーティ組んでからな」
「あ、もしかしてタローくん。伝説の聖槍、ゲイ・掘るクが使いたかったりする?」
フェイノは腐のニオイを感じ取り敏感に反応した。
ちょっと楽しそうである。
「それはいらん!」
「んー。でもやっぱこっちのゲイ掘るクの方がカッコよくない?」
ヤマダはゲイ掘るクをタローにゲイ掘るクを手渡そうとする。
だが、タローは手に貧相なヤリの方を奪うように握った。
「だからいらねぇっての! だいたいさー。そんなにその槍が好きなら、これぶ刺すの俺じゃなくてヤマダ、お前がやれば良いだろうが!」
掘る話は論外として、さすがに可愛そうになったのはタローも同じだ。
ただ人のレベルを上げるため、ただただゴブリンとして生まれただけで経験点として消費されていくゴブリンたち。
戦って討たれるならば仕方がない。
だが、ヤリでぶすぶす刺されるゴブリン生というのはあまりにも悲しすぎるものがあるのではないだろうか。
――とか言っているが、要は、できれば自分の手は汚したくないというだけだ。
「ダメだね。俺がやったら経験点が減衰してほとんどレベルアップできなくなるだろ?」
ヤマダはタローの退路を断った。
フェイノができないのであればタローがやるしかないのだ。
しかし、経験点の減衰が起きるほどのレベルとはいったいどのくらいなのだろう。
経験点の減衰とは、レベルが50以上離れているとおきる現象だ。
ウィンドウのヘルプに記載されていたから間違いがない。
そう考えるとヤマダの強さにぞっとする。
なんとか速くレベルを上げなくては――
ところで、タローはここでゴブリンを殺ればパーティを組むとはいえタロー自身にも経験点が入ることに気づく。
しかも反撃は無く安全にだ。
タローは経験点のためなら多少の犠牲は仕方がないと方針をあっさりと変更した。
大体、日本でも家畜とか普通にいたのだから、ゴブリンも似たようなものだろう。
自分の利害の前には何事も許されるものである。
「俺、殺ります!」
ゴブリンたちはタローのヤリの一突きで次々と死んでいった。
「ぎゅー」「ぐわー」「おかあさーん」「ばんざーぃ」「最後に僕ぁおにぎりが食べたかったな」
文字どおり断末魔をあげるゴブリンたち。
体をときどき暖かいものが包むのはレベルアップの証だろうか。
そのたびに体力が回復していくような気がする。
「ところで、君が勇者なら、こいつら勇者の剣でぶっさして! とか言うんだけど、さすがに君が勇者とかないよね?」
クルスはその見事な刺しっぷりに関心しながらタローに問いかけた。
タローが勇者であることは学園内では公然の秘密であったが、クルスは学園関係との接点が無いため知る由はなかった。
「おまえそれ鬼畜すぎるだろ。あっという間になんでも斬れる勇者の剣が伝説のゴブリン殺しの剣になっちゃうじゃないか」
「あらぁ? 詳しいわね」
「あー、えー、おーっと……」
クルスは迂闊に答えたことを後悔した。
やばい、もしかして自分が勇者であることがバレたらいろいろ不味いのだろうか? 彼女は魔族だ。
勇者は普通魔王を殺す存在だろう。
魔族繋がりである彼女に知られるといろいろまずいことになるかもしれない。
サウスフィールドの魔族ということは、アイシャの配下という分けでも無さそうである。
タローはしばらくは自身が勇者であることをクルスには隠しておいた方がよさそうだと判断する。
そんなことを考えつついろいろごまかしながらヤリでいっぱい突いていると、クルスはその間にフェイノを立ち上がらせた。
「ほら、フェイノちゃん。卑巫女のスキルで≪復活呪文≫の練習よ!」
「え、あ? はい?」
「レベルアップ時に魔力が全回復するから。低レベルのうちは、しばらくはそれで行けるはず」
クルスに煽られ、フェイノは復活の呪文を唱えていく。
そして何匹かは成功し、命を吹き返した。
タローとヤマダはファンタジーやねぇ、とその光景を眺める。
それはRPGではよくある神官系の復活呪文なのだろうと、2人は簡単に思い込んだ。
――実はそんなことはないのだが。
「おぉぉー。我が名は呉のブブリン! 我はついに地獄からの復活を果たしたのだ。ふははー――」
「お前は黙ってろッ!」
復活したゴブリンロードっぽい魔物だが、復活しても磔にされたままなのは変わらない。
奇跡の復活を果たしても、やっぱりタローのヤリでぶっ刺されてしまうのだった。
「鬼畜かおまえらッ」
タローが絶叫するが、復活したゴブリンもまとめてヤリで刺すあたり、タローも大概であった。
――ちなみに、タローとフェイノのレベルは1日でレベル13にまでなっていた。
「す、すばらしい……」
その横で、フェイノが神聖魔法を使う様子を盗賊風の冒険者おっさんは感動した様子で眺めていた。




