↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/22

第7話 夢につながる7位

「……これ、出たい」

スマホを眺めていたなるの口から、自然とそんな言葉がこぼれた。

配信アプリに掲載された新しいイベントの告知には、『舞台出演キャストオーディション』と大きく書かれている。

ランキング1位から5位までが最終オーディションへ進出し、さらに6位から10位までの参加者の中から、審査員の判断で特別枠が選ばれる可能性もある。そして最終オーディションに合格すれば、実際に上演される舞台へ出演できるというものだった。

これまでにもイベントの告知は何度も見てきたし、なる自身、本気でランキングを争った経験もある。

けれど今回は、今までとは少し違っていた。

順位の先にあるものが、ずっと目指してきた俳優という夢に直接つながっている。

なるは募集要項をもう一度読み直してから、その画面を閉じた。

その日の夜、いつものように配信を始めると、なるは早々に「みんなに相談があります」と切り出した。

「今度ね、舞台の出演者を決めるイベントがあるの」

ランキング5位までが最終オーディションへ進めることや、審査員特別枠が用意されていることを説明すると、コメント欄にはすぐに「出ようよ」「これはなるのためのイベントじゃん」といった声が並び始めた。

なるも、その言葉に背中を押されるように頷いた。

「私もね、出てみたいって思ってる」

これまでのイベントには、配信者としてどこまでできるのか試してみたいという気持ちがあった。

けれど今回は、もっと単純だった。

舞台に立ってみたい。そこで芝居をしてみたい。

そのためのチャンスが目の前にあるのなら、挑戦してみたかった。

「うん。やってみる」

そう言って笑ったなるを、たくさんの「頑張ろう」というコメントが迎えた。

こうして、なるにとって二度目の本気のイベントが始まった。

---

イベント初日、なるは以前とは少し違う気持ちで配信開始のボタンを押した。

前回は、順位が下がるたびに配信時間を増やし、それでも足りない気がして焦っていた。

今回は同じことを繰り返したくない。

事前に配信予定を知らせ、朝は短めに、夜は少し長めにする。レッスンがある日は無理をせず、朗読をする日も作った。

初めて来てくれた人にはなるべく自分から声をかけ、イベントだからといってポイントの話ばかりにはしない。

これまで配信を続けながら覚えてきたことを、自分なりに全部やってみるつもりだった。

スタートは悪くなかった。

初日は8位、翌日は7位。そして数日後には一時6位まで上がった。

「あと一つじゃん!」

思わず声が弾む。

5位に入れば、最終オーディションへ進める。

コメント欄にも「いけるよ」「このまま行こう」と期待する声が増え、なる自身も、もしかしたら届くかもしれないと思い始めていた。

ところがイベントが進むにつれて、上位の配信者たちの強さが見えてきた。

なるのポイントも増えている。

毎日たくさんの人が来て、応援してくれている。それなのに5位との差はなかなか縮まらず、むしろ日によっては大きく開いていた。

「5位の人、今日もすごいなぁ……」

ランキング画面を見ながら呟いて、なるはすぐに画面を閉じた。

前回のイベントで、順位ばかりを見ていた自分を思い出したのだ。

気にしすぎないようにしようとは思う。

それでも今回は、どうしても気になった。

欲しいのは5位という数字ではなく、その先にある最終オーディションへの切符だからだ。

1位から3位は、いつしか遥か先へ行ってしまった。4位と5位も強く、なるは6位と7位を行ったり来たりする日が続いた。

それでも以前のように、ただ配信時間を増やすことはしなかった。

ある日の夜、まだ応援を続けようというコメントが流れる中、なるは時計を見た。

「今日はここまでにするね。明日レッスンあるから」

本当はもう少し続けたかった。

それでも、ここで無理をして明日のレッスンが駄目になったら、このイベントに参加している意味がない。

そう話すと、コメント欄には「それでいい」「ちゃんと寝ろ」と並んだ。

「なんで最後ちょっとお母さんみたいなの?」

なるは笑いながら配信を終えた。

その日の順位は7位だった。

---

イベント後半になると、なるは朗読配信を何度か入れるようになった。

以前とは違い、文章を読むだけではない。

登場人物の気持ちに合わせて視線を動かし、表情を変え、時には手を伸ばす。声だけで感情を表そうとしていた頃より、身体を使った方が自然と気持ちが乗ることを、なる自身が分かり始めていた。

ある日の朗読を終えた時、初めて見る名前からコメントが届いた。

『たまたま入ったけど、最後まで見ちゃった』

「ほんとですか? ありがとうございます!」

その一言が嬉しくて、なるは何度も頭を下げた。

ランキングは相変わらず7位だったが、不思議とその日はそれほど落ち込まなかった。

昨日より今日の方が、少しだけいい配信ができた気がしたからだ。

そして迎えた最終日。

なるは7位からのスタートだった。

5位との差は決して小さくない。それでも、いつものメンバーだけでなく、最近知り合ったリスナーや久しぶりに顔を出した人まで集まり、コメント欄はイベント初日の何倍もの速さで流れていた。

無料でできる応援を続けてくれる人もいれば、ポイントを使ってくれる人もいる。

なるは一人ひとりに「ありがとう」と返しながら、最後までいつもの配信を続けた。

やがて終了時刻を迎え、確定した順位が画面に表示された。

7位。

なるはしばらくその数字を見つめていた。

「……7位かぁ」

最後まで、もしかしたらという気持ちはあった。

だから、やっぱり悔しい。

今回は5位に入りたかった。その先に、本当に欲しかったチャンスがあったからだ。

「悔しいなぁ……」

素直にそう口にすると、コメント欄には「よく頑張った」「7位だってすごいよ」「お疲れさま」といった言葉が流れた。

なるは一つひとつ読みながら、以前のイベントを思い出した。

あの時は4位だった。

みんながあれほど応援してくれたのに3位に届かなかったことが申し訳なくて、最初に出てきた言葉は「ごめんなさい」だった。

でも、今回は違った。

なるはカメラを見て、少し目を潤ませながら笑った。

「みんな、ありがとう。本当は5位に入りたかったし、最終オーディションにも行きたかったから、めちゃくちゃ悔しい」

一度言葉を切り、それでも笑顔のまま続けた。

「でも今回は、ごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言いたい。ここまで一緒に来てくれて、本当にありがとうございました」

深く頭を下げる。

顔を上げると、コメント欄にはたくさんの拍手が流れていた。

「7位。これが今回の結果です。でも、次はもっと頑張る」

そう言って笑ったなるは、その夜から約束していた貢献ランキング50位までの一人ひとりへ、お礼のメッセージを書き始めた。

---

イベントが終わって数日後。

レッスンを終えて帰ろうとしていたなるは、事務所のスタッフに呼び止められた。

「なる、この前の配信イベントあったでしょ」

「はい」

「運営から連絡来てるよ」

「……え?」

見せられた画面に書かれている文章を読んだが、最初は意味が分からなかった。

もう一度読む。

『審査員特別枠 最終オーディション進出』

なるはスタッフと画面を交互に見た。

「……私が?」

「そう」

「なんで?」

「そこは私に聞かれても分からないけど、選ばれたのは間違いないよ」

なるはもう一度画面を見る。

特別枠があることは最初から知っていた。

ただ「選ばれる可能性がある」という曖昧なものに期待して、また落ち込むのが嫌だったから、イベントが終わってからは考えないようにしていた。

「じゃあ私……オーディション受けられるんですか?」

「受けられるよ」

その瞬間、なるの顔がぱっと明るくなった。

「やった!」

思わず大きな声を出し、慌てて口を押さえる。

それでも笑顔は隠せなかった。

「オーディション……受けられるんだ」

5位には届かなかった。

でも、閉じたと思っていた扉がもう一度開いた。

---

その日の配信で、なるは早速みんなに報告した。

「この前の舞台イベントなんだけど、審査員特別枠に選んでいただきました!」

コメント欄は一瞬で「おめでとう」の文字で埋まった。

『7位が夢につながったじゃん』

そのコメントを見つけたなるは、少しだけ黙った。

「……ほんとだね」

イベントが終わった日は、7位を「届かなかった順位」だと思っていた。

けれど、その7位までみんなが一緒に来てくれたから、審査員に見てもらえる場所に残ることができた。

「でも、まだ舞台に出られるって決まったわけじゃないからね。ここからは私が頑張る番です」

ここから先はポイントではない。

リスナーに順位を押し上げてもらうこともできない。

自分の芝居だけを持って、オーディションへ行く。

不思議と、それが嬉しかった。

---

最終オーディション当日。

会場には、イベント上位の配信者たちと、なると同じように特別枠で呼ばれた参加者が集まっていた。

渡された台本を手にすると、急に緊張が押し寄せてくる。

周囲の参加者がみんな自信に満ちているように見えて、自分だけ場違いなのではないかという気さえした。

それでも台本を読み始めると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

登場人物は誰に向かってこの言葉を言っているのだろう。その時、どんな顔をして、どんなふうに立っているのだろう。

そんなことを考えているうちに、なるはいつもの朗読配信を思い出した。

最初は声だけで感情を表そうとしていた。

でも今は、視線も表情も身体も使っていいことを知っている。

名前を呼ばれ、なるは立ち上がった。

「よろしくお願いします」

審査員に深く頭を下げ、顔を上げる。

そして、芝居が始まった。

---

結果の連絡が来たのは数日後だった。

なるはスマホに届いた通知を開き、ゆっくりと結果を確認した。

主役の欄に自分の名前はなかった。

ほんの少しだけ胸が沈んだ。

やっぱり、主役をやってみたかった。

けれど、そのまま画面を下へ進めたところで、指が止まった。

別の役名の横に、自分の名前があった。

「……え?」

見間違いかと思って、もう一度見る。

間違いない。

「役……もらえた」

声にした途端、胸の奥から何かが込み上げてきた。

俳優になりたいと思ってレッスンを受け、オーディションに落ち、それでも続けてきた。

事務所に勧められて始めた配信では、最初は何を話せばいいのかさえ分からなかった。

イベントで悔しい思いをして、朗読を始め、知らない人から「たいして上手くない」と言われて落ち込んだこともあった。それが悔しくて、もっと良くする方法を探し、身体を使って演じながら読むことも覚えた。

そして今回のイベントでは、5位に届かず7位だった。

その時々では失敗や遠回りに見えたことが、振り返ってみると少しずつ今につながっている。

なるは画面に表示された自分の名前を、しばらく黙って見つめていた。

---

その夜。

配信が始まると、待っていたリスナーたちからすぐに結果を尋ねるコメントが飛んできた。

なるは笑顔を隠そうとしたが、どうしてもうまくいかなかった。

「結果、来ました」

コメント欄の流れが速くなる。

「まず……主役ではありませんでした」

ほんの少しだけ間を置く。

「でも――役、もらえました」

次の瞬間、コメント欄がお祝いの言葉で埋め尽くされた。

「ありがとう、ありがとう!」

『女優なる爆誕!』

「まだ女優って言わないでよ!」

笑って返したものの、なるの目にはすでに涙が浮かんでいた。

「でもね……私、舞台に出ます」

自分の口からその言葉を聞いた途端、急に実感が湧いてきた。

ずっと画面越しに応援してくれていた人たちから、「観に行く」「日程が決まったら教えて」「なるの芝居を見たい」というコメントが次々と届く。

なるは涙を拭いながら笑った。

「ちょっと待って。泣かせないでよ」

今まで画面の向こうにいた人たちが、今度は客席から自分を見るかもしれない。

そう思うと嬉しいような、怖いような、それでも早くその日が来てほしいような、不思議な気持ちになった。

「頑張るね。観に来てよかったって思ってもらえるように、ちゃんと頑張る」

しばらくして、一つのコメントが流れた。

『夢に一歩近づいたね』

なるはその言葉をゆっくり読み、静かに頷いた。

「うん。一歩、近づいた」

まだ、俳優になれたわけではない。

これから稽古が始まれば、上手くいかないこともあるだろう。経験のある共演者についていけず、悔しい思いをするかもしれない。

それでも、初めて自分の名前が書かれた役をもらった。

今回のイベントで、なるを7位まで連れてきてくれたのはリスナーたちだった。

その7位から審査員がなるを見つけ、最後はなる自身の芝居で役をつかんだ。

どちらか一つだけでは、きっとここにはたどり着かなかった。

なるは画面の向こうから届くたくさんの「おめでとう」を眺めながら、もう一度だけ笑った。

7位。

イベントが終わった夜には、夢に届かなかった順位だと思っていた。

けれど今は、その数字を見るたびにきっと思い出すだろう。

みんなと一緒に走ったことも、届かなくて悔しかったことも、思いがけず開いた扉のことも。

なるにとって7位は、初めて夢につながった順位になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。