第4話 応援のかたち
イベントが終わって、数日が経った。
4位――あれほど毎日気にしていた順位は、もう画面のどこにも表示されていない。
なるの配信も、いつもの雑談中心に戻っていた。
「こんばんはー! なるです!」
『こんばんは!』
『今日も来たよー』
『4位の女!』
「その呼び方やめてよ!」
なるが笑うと、コメント欄にも笑い声が並んだ。
イベント中の張り詰めた空気が嘘だったように、いつものルームに戻っている。なる自身も、この時間が好きだった。
順位を気にしなくていいし、ポイントの増減を気にする必要もない。ただ、みんなと話せる。
「そういえばね、今日レッスンで――」
そんな話をしていた時、一つのコメントが流れた。
『○○ちゃんのルームって、貢献上位の人に特別メッセージ送ってるらしいよ』
「特別メッセージ?」
『イベントとかでいっぱい応援した人に、個別でお礼送ってるんだって』
「へぇー。そんなことしてる人いるんだ」
なるは純粋に感心した。
『なるちゃんもやったら?』
「私も?」
『いっぱい応援してくれた人にお礼できるし』
なるは少し考えた。
確かに、それはいいことのように思えた。
イベントではたくさんの人が応援してくれたし、中には、なる自身が驚くほどポイントを使ってくれた人もいる。
「そうだね。そういうお礼の仕方もあるのかぁ……」
すると、別のコメントが流れた。
『でも、なるはなるじゃない?』
「ん?」
『他の配信者がやってるからって、同じことしなくてもいいと思う』
『でも良いところは真似してもよくない?』
すぐに別の意見が返ってきた。
『いっぱい応援した人には、それくらいあってもいいと思う』
『でも、それって課金した人だけ特別扱いするってことでしょ?』
なるの表情が少し変わった。
「ちょっと待って。みんな喧嘩しないでね」
『喧嘩じゃないよ』
『意見言ってるだけ』
『無課金だって毎日来てる人いるじゃん』
『でもイベントでポイント使ってくれた人には、ちゃんとお礼した方がいいでしょ』
『コメントして盛り上げるのだって応援じゃない?』
『それはそうだけど』
コメントが次々と流れていく。
なるはそれを追いかけながら、だんだん何も言えなくなった。どちらの言っていることも分かったからだ。
イベントでたくさんポイントを使ってくれた人もいれば、毎日配信に来てくれる人もいる。コメントで盛り上げてくれる人、初見の人に挨拶してくれる人、課金はできなくても無料でできる応援を毎日続けてくれる人もいる。
どれが一番なのだろう。
いや、そもそも一番を決める必要があるのだろうか。
「……難しいね」
なるが呟くと、コメントの流れが少しだけ遅くなった。
「いっぱい応援してくれた人に、ちゃんとありがとうって言いたい気持ちはあるよ。イベントの時、本当にびっくりするくらい応援してもらったし、だから何かお返しできたらいいなとは思う」
少し間を置いて、画面を見つめる。
「でも、毎日来てくれてるけど課金はしてないって人もいるよね」
『いるよ』
『俺だ(笑)』
「名乗らなくていいの!」
コメント欄が少し和んだ。
なるも笑ったが、まだ答えは出ていない。
「これ、ちょっと考えさせて。今ここで決めるんじゃなくて、ちゃんと考えたい」
『いいと思う』
『なるちゃんが決めればいいよ』
『ルーム主なんだから』
「ルーム主……」
その言葉が、妙に心に残った。
配信を始めた頃は何も分からず、何を話せばいいのかさえリスナーに教えてもらった。イベントでもみんなに相談したし、朗読を始めるきっかけだってリスナーからもらった。
でも、何でもみんなに決めてもらっていいわけではない。
ここは自分のルームなのだ。
みんなの意見を聞くことと、みんなに決めてもらうことは違う。最後に決めるのは、自分なのかもしれない。
「今日は宿題にします!」
なるはそう宣言した。
『宿題(笑)』
『ちゃんとやってきてね』
「私の宿題なのに、なんでみんな先生側なの?」
いつもの空気に戻った。
けれど、その日の配信を終えてからも、なるはずっと考えていた。
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ベッドの上でスマホを眺めながら、イベントの時の貢献ランキングを開く。
上位には、たくさんポイントを使ってくれた人たちの名前が並んでいた。本当にありがたかった。この人たちがいなかったら、4位にはなれなかったかもしれない。
でも、順位を下へスクロールしていくと、そこにも知っている名前があった。
毎日のように来てくれる人、いつも最初に「こんばんは」と言ってくれる人。話題が途切れるとさりげなく質問を投げてくれる人や、初見のリスナーが来ると『いらっしゃい』と声をかけてくれる人もいる。
なるが落ち込んでいる時に、『今日は無理しなくていいよ』と言ってくれた人の名前もあった。
もっと下にも、知っている名前がある。
「……そっか」
なるはスマホを置いた。
ポイントだけが応援じゃない。
そんな当たり前のことに、今さら気づいた。
でも同時に、たくさんポイントを使ってくれた人への感謝を、なかったことにするのも違う。
どちらも大切。
だったら――。
なるはもう一度スマホを手に取った。
「これなら……どうかな」
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翌日の夜。
「昨日の宿題、答えが出ました!」
配信が始まってしばらくして、なるはそう切り出した。
『お!』
『ちゃんと宿題やってきた?』
「やりましたー!」
なるは笑ってから、少し真面目な顔になった。
「昨日、みんなが言ってくれたことを考えました。いっぱいポイントを使って応援してくれた人に、特別にありがとうを伝えたいっていう意見。私は、それもすごく分かります。だって、本当にありがたいから」
そして、ゆっくり続ける。
「でも、お金を使えなくても応援してくれてる人がいるっていう意見も、やっぱりその通りだと思う。毎日来てくれることも、コメントしてくれることも、初めて来た人に挨拶してくれることも、私は全部応援だと思ってます」
『うん』
『そうだね』
なるは一度息を吸った。
「だから決めました。普段の配信では、貢献順位で特別メッセージを送ることはしません」
コメント欄が動いた。
「普段ここに来てくれる時は、課金してるとかしてないとか関係なく、みんな同じように遊びに来てほしいから」
そして、なるは人差し指を立てた。
「ただし!」
『ただし?』
「イベントの時は別にします」
なるは、4位に終わった初めてのガチイベントを思い出しながら説明した。
「イベントは、私がみんなに『一緒に頑張ってください』ってお願いして参加するものだから、イベントが終わったら貢献ランキング50位までの人に、一人ずつお礼のメッセージを書きます」
『50人!?』
『大変じゃない?』
「大変だと思う!」
なるは即答した。
コメント欄が笑いで埋まる。
「でも、長い文章じゃなくてもいいから一人ずつ書きたい。それをアプリのファンサイトに投稿します」
『なるほど』
『それならいいかも』
『50位なら無課金でも入れる可能性あるね』
「そう。それも考えたの」
なるは頷いた。
「課金した金額が多い人だけっていう形にはしたくなかったの。無料でできる応援を頑張ってくれた人も入れるようにしたくて」
もちろん、それですべてが平等になるわけではない。50位に入れない人もいる。
それでも、今のなるが考えられる答えだった。
「これからもっといい方法を思いついたら変えるかもしれない。でも今は、これでやってみたいです」
しばらくして、『いいんじゃない?』とコメントが流れた。
『なるちゃんが考えて決めたなら、それでいいと思う』
『賛成』
『次は50位以内目指すか(笑)』
「イベントの目的変わってない!?」
また笑いが起こった。
すると、昨日最初に他の配信者の話をしたリスナーがコメントした。
『なんかごめん。俺が余計なこと言ったから揉めちゃったね』
なるはすぐに首を横に振った。
「謝らなくていいよ」
『でも』
「言ってくれなかったら、私、考えなかったもん。他の配信者さんがやってることを教えてもらうのも勉強になるし、それをそのまま真似するかどうかは、私が考えればいいんでしょ?」
少し間を置いて、なるは笑った。
「だから、教えてくれてありがとう」
『なる、大人になったな』
「誰目線なの!」
笑いが広がった。
誰かが正しくて、誰かが間違っていたわけではない。
たくさん応援した人に感謝したい気持ちも、お金を使えない人にも居場所があってほしいという気持ちも、なるはどちらも大切にしたかった。
配信を始めたばかりの頃、なるは何も分からず、いつもリスナーに「どうすればいい?」「これって何?」「みんな教えて」と聞いていた。
それは今も変わらないし、これからも分からないことはたくさん出てくるだろう。
ただ、一つだけ変わったことがある。
教えてもらった答えを、そのまま正解にするのではなくなった。
いろんな人の話を聞いて、自分なりに考え、最後は自分で決める。
「じゃあ、このルールでいきます!」
『了解!』
『ルーム主が決めたなら従います(笑)』
「だから、そのルーム主って言い方やめて!」
画面の向こうで、いつものみんなが笑っている。
なるも笑った。
この日、なるのルームに初めて一つのルールができた。
それは、どこかの人気配信者から借りてきたルールではない。
リスナーたちと意見を交わし、悩んで考えた末に、なる自身が決めたルールだった。
少しずつ、本当に少しずつ、この場所はただ「なるが配信している場所」から、
「なるとみんなのルーム」
へと変わり始めていた。




