第15話 素敵なるーむの顔
「そういえばさ」
いつもの夜の配信で、タクさんが何気なくそんなコメントをした。
特に何かの話題で盛り上がっていたわけではない。なるが今日食べた昼ご飯の話から、なぜかコンビニのおにぎりで一番好きな具は何かという話になり、鮭だ、ツナマヨだ、梅だと好き勝手な意見が飛び交っていた時だった。
『素敵なるーむも、そろそろアバター欲しいよね』
なるはコメントを読んで、少し首を傾げた。
「アバター?」
配信アプリには、それぞれの配信者が作ったオリジナルアバターがある。
リスナーは手に入れたアバターを自分の姿として設定でき、人気のルームともなれば、同じアバターを使っている人をあちこちで見かけることもあった。
なるのルームには、まだそれがない。
「そっか。うち、アバターないね」
今まであまり意識したことがなかった。
するとタクさんが、せっかく「素敵なるーむ」という名前もできたのだから、ルームのアバターがあってもいいのではないかと言う。
それをきっかけに、みんなも興味を持ち始めた。
ゆうちゃんはすぐに欲しいと言い出し、あかりも「確かにあったら使いたい」と乗ってくる。
「でも、どうやって作るの?」
なるが聞くと、イベントで一定の条件を達成すれば、オリジナルアバターを制作できる権利がもらえるらしいと教えられた。
「そんなイベントあるんだ」
なるはその場でスマートフォンを操作して調べ始めた。
確かに、アバター制作権を獲得できるイベントが開催される。
ランキングで一位にならなければいけないわけではない。期間中に決められたポイントまで到達すれば、制作権を獲得できる仕組みだった。
「これなら……できるのかな?」
以前参加したガチイベントとは少し違う。
誰かに勝つことが目的ではない。
自分たちの目標まで、少しずつポイントを積み上げていけばいい。
なるがイベントの説明を読み上げているうちに、コメント欄はすっかり参加する雰囲気になっていた。
「待って。まだ出るって言ってないんだけど」
そんな抗議も、最近はあまり効果がない。
ケンケンから「カラオケイベントの時も同じこと言ってた」と指摘され、なるは言葉に詰まった。
「……あれは最終的に私が決めたの!」
言い返しながらも、なる自身、すでに少しその気になっていた。
ルームのアバター。
それをみんなが使ってくれたら、きっと楽しい。
「じゃあ……出てみる?」
その一言で決まった。
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イベントが始まると、素敵なるーむにはいつもと少し違う空気が生まれた。
とはいっても、なるは以前のように配信時間を極端に増やすことはしなかった。
バイトもある。
レッスンもある。
オーディションが入る可能性もある。
何より、イベントのたびに生活を崩していたら続かないことは、もう分かっていた。
いつもの時間に配信を始め、いつものように話す。
ただ、画面の隅に表示されているポイントだけが、少しずつ目標へ近づいていく。
最初の数日は順調だった。
無料でできる応援を集めてくれる人もいれば、普段より少し多めに配信へ顔を出してくれる人もいる。
なる自身も時々ポイントを確認しては、
「お、増えてる!」
と喜んだ。
けれど、イベントが何日か進んだ頃、なるは一つ気になることに気づいた。
タクさんだった。
普段から応援してくれている人ではある。
イベントの時にはギフトを投げてくれることもある。
ただ、今回は明らかに多かった。
一度だけなら気にしなかったかもしれない。
しかし、その日もタクさんから大きめのギフトが届いた。
「タクさん、ありがとう!」
なるはいつものようにお礼を言った。
その少し後、またタクさんからギフトが飛んだ。
「ありがとう。……って、タクさん?」
さらにしばらくして、また届いた。
そこで、なるはさすがに止めた。
「ちょっと待って、タクさん」
コメント欄が少し静かになる。
なるは怒っているわけではなかった。
むしろ、ありがたい。
ありがたいからこそ気になった。
「今日、ちょっと多くない?」
タクさんは最初、大丈夫だと返した。
イベントなのだから、このくらいは普通だという。
けれど、なるは納得しなかった。
「普段より絶対多いよ」
少しして、タクさんから理由が返ってきた。
自分がアバターを欲しいと言い出したから。
その言葉を読んで、なるは一瞬黙った。
「……だから頑張ってるの?」
タクさんにしてみれば、きっと大したことではないのだろう。
自分が言い出したイベントなのだから、自分もいつもより頑張る。
会社でも、誰かがやらなければならないことがあれば自然と取りまとめる側に回る人だ。初舞台のスタンド花の時だって、結局みんなの中心になって動いてくれた。
タクさんらしいと言えば、タクさんらしかった。
だからこそ、なるは少し考えてから言った。
「タクさん。それ違うよ」
きつい言い方にならないように、ゆっくり続ける。
「確かに最初に『アバター欲しい』って言ったのはタクさんだけど、今は私も欲しいし、みんなも欲しいって言ってるじゃん」
コメント欄には、そうだという反応がいくつも流れた。
「だったらもう、タクさん一人の『欲しい』じゃないでしょ?」
タクさんからは、少し間を置いて「まあ、そうだけど」と返ってきた。
「だから、言い出した人が全部頑張るイベントじゃないの」
なるはそう言ってから、少しだけ表情を崩した。
「アバター取れても、そのせいで来月タクさんのお昼ご飯がおにぎり一個になってたら嫌だからね」
すぐに「そこまで使ってない」と返ってくる。
「ほんとに?」
本当だと言われても、なるはまだ疑うような顔をした。
「係長だからって油断しないでよ」
するとケンケンが、係長の給料事情にまで口を出す配信者になったのかと茶化し、なるは「だって心配じゃん」と笑った。
そこから、コメント欄の空気も柔らかくなった。
無料でできる応援なら任せろという人もいれば、仕事で毎日は来られないけれど来られる日は顔を出すという人もいた。
みさ姉は、なる自身もイベントだからといって配信を増やしすぎないようにと釘を刺した。
「なんで私まで怒られてるの?」
なるが笑う。
でも、それでいいのだと思った。
誰か一人が無理をするのではなく、それぞれができることをする。
それで届かなければ、その時はその時だ。
「みんな、無理しないでね。これは本当に約束」
なるは改めて言った。
「アバターは欲しい。でも、無理して取るのは違うから」
そう言ってから少し考え、付け加えた。
「楽しく取ろう」
その言葉に、たくさんの「了解」が返ってきた。
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イベント後半。
目標は少しずつ近づいていた。
なるはポイントを気にしながらも、そればかりの配信にはしなかった。
バイトで起きたことを話したり、最近受けたレッスンの話をしたり、カラオケイベント以来ちょっとだけ歌うことへの抵抗がなくなったので、突然一曲歌ってみたりもした。
そんな普段通りの配信の中で、ポイントは少しずつ積み上がっていった。
そして最終日。
残りのポイントは、手が届きそうなところまで来ていた。
なるは画面を見ながら言った。
「ここまで来たら、取りたいね」
以前のイベントなら、ここから焦っていたかもしれない。
もっと配信しなければ。
もっと応援してもらわなければ。
そう考えていた。
でも今日は違った。
「ただし、無理は禁止ね」
特にタクさんへ向けるように言うと、本人から「分かってる」と返ってきた。
「ほんとかなぁ」
笑いながら配信を続けた。
いつものメンバーだけではない。
最近来るようになった人。
たまにしかコメントしない人。
ずっと聞いているだけの人。
いろいろな人が、それぞれできる形で応援してくれた。
なるも話し続けた。
イベントだからと特別なことをするのではなく、いつもの素敵なるーむのままで。
やがて、誰かが気づいた。
目標の数字を超えている。
最初、なるは意味が分からなかった。
「え?」
画面を確認する。
もう一度見る。
「……取れた?」
コメント欄が一気に動いた。
取れた。
達成した。
アバター制作権獲得。
「え、ほんと!?」
なるの声が大きくなった。
「やったー!」
両手を上げて喜ぶ。
ランキングで一位になったわけではない。
誰かに勝ったわけでもない。
それでも嬉しかった。
みんなで決めた場所まで、ちゃんと届いた。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
そして、なるはすぐにタクさんへ言った。
「タクさん、取れたよ!」
最初に「アバター欲しいよね」と言った人だった。
タクさんからは短く、「よかった」と返ってきた。
「おにぎり一個になってない?」
『なってない』
「ならよし!」
笑いが起きた。
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イベントが終われば、次に待っているのはアバター作りだった。
「さて」
数日後の配信で、なるは言った。
「大問題があります」
何事かとコメント欄がざわつく。
「私、絵が描けません」
今さらだった。
アバターを作る権利は手に入れた。
しかし、肝心のデザインをどうするのか。
なるが自分で描いたら大変なことになると話していると、誰かが当然のように一人の名前を挙げた。
さくら。
イラストレーターとして仕事をしている、素敵なるーむのいつメンだった。
「……あ」
なるも気づいた。
その日も配信に来ていたさくらが、すぐに「え、私?」と反応する。
「さくら、描ける?」
もちろん描くこと自体はできる。
ただ、さくらは少し遠慮した。
もっと上手い人に頼んだ方がいいんじゃないか。せっかくみんなで取ったアバターなのだから、と。
なるは少し考えた。
そして首を振った。
「さくらがいい」
今度はさくらのコメントが止まった。
「だって、素敵なるーむのアバターでしょ? だったら素敵なるーむにいる人に描いてもらえたら、私はその方が嬉しい」
みんなも賛成した。
さくらはしばらく迷っていたが、最後には引き受けてくれた。
そこからまた、別の意味で大変だった。
どんなアバターにするのか。
なる本人に似せるのか。
動物にするのか。
何かマスコットを作るのか。
たっちゃんは法被を着せたいと言い出し、ゆうちゃんは大きなハートを持たせて「なる大好き」と書こうと言い、どちらもなるに却下された。
ケンケンに至っては、なぜか「マイクを持った大仏」を提案した。
「なんで大仏なの!?」
理由を聞いても、特にないらしい。
「ないなら言わないでよ!」
いろいろな案が飛び交った。
その中で、なるはふと考えた。
「でもこれ、私のアバターっていうより……みんなが使うアバターなんだよね」
自分だけに似せればいいわけではない。
素敵なるーむへ来てくれる人が使う。
それなら、なる本人そのものではなく、なるをイメージしたキャラクターにした方がいいのかもしれない。
そこから、少しずつ形が決まっていった。
なるを思わせる髪型の、小さな女の子。
手には小さな台本を抱えている。
俳優を目指しているなるらしさを残しながら、なる本人そのものではない。
そして、素敵なるーむの印になるような、小さな星の髪飾りをつけることになった。
「可愛くなりそう!」
なるは、まだ下描きすらないのにすでに嬉しそうだった。
さくらはみんなの意見を聞きながら、少しずつデザインをまとめていった。
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それからしばらくして。
アバターが完成した。
配布が始まる日、なるはいつもの時間に配信を始めた。
「こんばんはー」
いつものように挨拶をして、コメント欄を見る。
そして、なるの動きが止まった。
「……え?」
タクさんがいる。
みさ姉もいる。
ゆうちゃんも、ケンケンも、あかりもいる。
普段あまりコメントしないまーくんも来ていた。
ただし、いつもと違うことが一つあった。
みんな、同じ姿をしていた。
小さな台本を抱え、星の髪飾りをつけた女の子。
完成したばかりの、素敵なるーむのアバターだった。
「ちょっと待って!」
なるは画面へ顔を近づけた。
「誰が誰か分かんない!」
コメント欄が笑いで埋まった。
名前を見れば分かる。
でも、並んでいる姿が全部同じなのだ。
「何これ! 怖い怖い!」
そう言いながら、なるは嬉しくて仕方がなかった。
「さくら! さくらいる?」
すぐに、同じアバターを着たさくらが反応した。
「見て! みんな使ってるよ!」
自分で言いながら、なるは笑った。
さくらも嬉しそうだった。
自分が描いたものを、誰かが使っている。
それも一人ではない。
画面の中に、同じアバターがいくつも並んでいる。
「すごいね、さくら」
なるは心からそう思った。
「可愛いよ。ありがとう」
そして、最初にこの話をした人を思い出す。
「タクさん」
返事が来た。
「欲しいって言ってたもんね」
タクさんは、ずっと同じアバターを眺めていたのかもしれない。
少しして、コメントが届いた。
『やっと素敵なるーむにも顔ができたな』
なるはその言葉を読んだ。
顔。
確かにそうだった。
「素敵なるーむ」という名前ができた。
みんなでその名前をつけた。
初舞台では「素敵なるーむ一同」という名前で花を贈ってもらった。
そして今度は、目に見える姿ができた。
なるは画面いっぱいに並ぶアバターを眺めた。
イベントを頑張った人。
絵を描いた人。
無料で応援した人。
コメントで盛り上げた人。
忙しくて毎日は来られなかった人。
それぞれが、できることをした。
だから、このアバターができた。
「うん」
なるは笑った。
「みんなで作った顔だね」
しばらくして、新しく入ってきたリスナーがコメントした。
『同じアバター多くない?』
なるは吹き出した。
「でしょ?」
そして、少しだけ得意そうに言った。
「これ、うちのアバターなんです」
言ってから、自分でその言葉が嬉しくなった。
うちのアバター。
自分のアバター、ではない。
素敵なるーむのアバター。
「これからさ、みんなが他のルーム行った時とかに、このアバター見つけたら面白いね」
どこか知らない場所で、同じ姿を見つける。
名前を知らなくても、そのアバターを見れば分かる。
あ、この人も素敵なるーむに来たことがあるんだ。
そう思える。
「なんか、目印みたい」
なるはそう言って、また画面を眺めた。
配信を始めたばかりの頃は、一人だった。
ルーム名だって、ただの「なるの部屋」。
そこへ一人、また一人と人が集まった。
いつしか「また明日」と言い合うようになり、みんなで名前を考え、「素敵なるーむ」が生まれた。
そして今日。
その場所に、顔ができた。
「じゃあ今日は、素敵なるーむアバター完成記念配信ということで」
なるは笑った。
「みんな、そのまま着ててね」
ケンケンから、明日には別のアバターに戻すかもしれないと言われる。
「そこはずっと着てよ!」
すぐに「強制するな」と返された。
「さっき無理しないでって言ってた人と同じ人間です」
「それとこれは別!」
また笑いが起きる。
いつもの素敵なるーむだった。
ただ一つ違うのは、画面の中に同じ小さな女の子がたくさん並んでいること。
なるはそれを見るたびに、少しだけ笑ってしまった。
これから、このアバターをどこかで見かけることがあるかもしれない。
そのたびにきっと思う。
あそこに、自分たちのルームの誰かがいる。
そんな小さな目印ができたことが、なるには思っていた以上に嬉しかった。
素敵なるーむに、名前ができて。
仲間が増えて。
そして今日、みんなで作った顔ができた。




