第11話 内緒の計画
「そうだ。みんなに言っておくことがあった」
その日の配信も終わりに近づいた頃、なるが突然思い出したように言った。
舞台本番まで、もうそれほど日がない。
稽古の話は毎日のようにしているし、チケットを五枚買ってもらえたことも報告した。それでも舞台そのものについては、まだ伝えていないことがいくつもある。
「終演後なんだけどね、キャストがお見送りするんだって」
コメント欄が動いた。
『お見送り?』
「うん。終わったあとにキャストが並んで、お客さんをお見送りするみたい。だから……来てくれる人とは、そこでちょっと話せるかもしれない」
そう言ってから、なるは少し嬉しそうに笑った。
「誰が来てくれるのか私には分からないけど、もし普段配信に来てくれてる人だったら、話せたらいいな」
すぐにゆうちゃんが反応した。
『話したい!!』
「びっくりした。絶対ゆうちゃんでしょ」
『なる大好きって直接言う』
「言わなくていいよ!」
『なんで!』
「毎日聞いてるから!」
いつものやり取りに笑いが起きる。その一方で、別の反応もあった。
『俺は恥ずかしいから普通にスルーする』
ケンケンだった。
「えー! なんで!」
『配信では喋れるけどリアルは無理』
「お笑い好きなのに?」
『それとこれとは別』
なるには少し意外だった。普段あれだけコメントで突っ込んでくるケンケンなら、実際に会っても同じ調子なのだろうと勝手に思っていた。
「じゃあ私、知らないままケンケンを見送る可能性あるの?」
『ある』
「それなんか悔しい!」
あかりも『私もちょっと恥ずかしいかも』と言い、まーくんに至っては『たぶん会釈だけする』と言っている。
「まーくんは想像できるなぁ。何も言わないで、ぺこってして帰りそう」
『正解』
「やっぱり!」
みさ姉は『私は普通に話すと思う』と言った。
「みさ姉は分かる。第一声で『ちゃんとご飯食べてる?』って言いそう」
『言うかも』
「舞台の感想より先に!?」
コメント欄が笑いで埋まった。
しんさんは、行けるかどうかまだ分からないらしい。たっちゃんも仕事の予定次第だという。さくらは遠方なので今回は難しそうだった。
そしてハルはというと、
『その日は別の現場』
「やっぱり!」
なるは笑った。
「どこ?」
『名古屋』
「ほんと全国にいるね、ハル」
アイドルの遠征と日程が重なっているらしい。
同じ「なるを応援している人」でも、劇場へ来られる人もいれば、来られない人もいる。来られても話したい人もいれば、顔を知られるのが恥ずかしい人もいる。
なるはそれがなんだか面白かった。
「でも無理に名乗らなくていいからね。普通に舞台を観に来てもらえるだけで嬉しいし」
少し考えてから付け加える。
「ただ、もし話してもいいよって人は……『いつも見てます』とか言ってくれたら嬉しいかな。私からは誰が誰だか分からないから」
『なる大好きって言えば分かる?』
「ゆうちゃんはたぶん分かる」
『よし』
「何がよしなの」
笑いながら話しているうちに、いつもの終了時間になった。
なるは明日も稽古だった。
「じゃあ今日はこのへんにします。舞台まであと少しだから頑張ってくるね」
『頑張れ』
『楽しみにしてる』
『ちゃんと寝るんだよ』
「最後みさ姉でしょ」
『正解』
「じゃあ、また明日ね」
いつものように「また明日」が流れ、なるは配信を終了した。
その夜。
なるの知らないところで、もう一つの「素敵なるーむ」が動き始めていた。
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きっかけはハルだった。
普段はアイドルを追いかけて全国を飛び回り、ルームにいる時よりいない時のほうが多いくらいなのに、こういうことに関してだけは妙に詳しい。
『初舞台なら花出さない?』
その一言から始まった。
なる本人のいる配信では、もちろん誰もそんな話はしていない。
以前からリスナー同士で連絡を取ることのできる場所があり、そこでハルが提案したのだった。
『花?』
『スタンド花』
『ああ、劇場にあるやつ?』
『そう。初舞台だし』
ハルが参考になりそうな写真をいくつか載せると、一気に話が進み始めた。
『いいね』
『やりたい』
『なる喜びそう』
ただ、すぐに現実的な問題も出てきた。
値段はどうするのか。劇場側が受け付けているのか。搬入時間は。サイズの指定は。誰が花屋に頼むのか。
そして何より、誰がまとめるのか。
少しの沈黙のあと、ハルが書いた。
『タクさんで』
『なんで俺なんだよ』
『係長だから』
『会社関係ないだろ』
『こういう時の係長』
ケンケンまで乗ってきた。
『タク係長お願いします』
『やめろ』
そう返しながらも、結局タクさんが劇場の案内を確認し始めた。
職場でもこうやって仕事を振られているんじゃないかと誰かが言い、タクさんは否定しなかった。
やがて、劇場側が祝い花を受け付けていることが分かった。
『じゃあ花屋は私ちょっと探してみる』
さくらが言った。
イラストレーターという仕事柄なのか、色やデザインの話になると俄然頼もしい。
『なるちゃんのイメージって何色かな』
『ピンク?』
『白も似合う』
『舞台の雰囲気に合わせた方がいいんじゃない?』
意見が次々に出る。
そんな中、しんさんが一つだけ確認した。
『これは、参加したい人だけでいいんですよね?』
そこで一度、みんなの手が止まった。
スタンド花となれば当然お金がかかる。
舞台のチケットを買った人もいる。遠方で来られない人もいる。それぞれ仕事も生活も違う。
タクさんが答えた。
『もちろん。無理するものじゃないよ』
みさ姉も続ける。
『金額も一律じゃなくていいんじゃない?』
『賛成』
『出せる人が出せる分で』
話はすんなりまとまった。
ところが次に、支払いをどうするかという問題が出た。
振り込みだ、送金だと話しているうちに、タクさんがあっさり書いた。
『とりあえず俺が立て替えとくよ』
一瞬、誰も反応しなかった。
『え?』
『全部?』
『先に払っとく。会える人は舞台の日でいいし、会えない人はそのうちでいいよ』
ケンケンがすぐに返した。
『係長太っ腹』
『係長関係ない』
『さすが大企業』
『うちは大企業じゃない』
『じゃあ部長』
『昇進させるな』
画面の向こうで、それぞれが笑っているようだった。
ただ、まーくんが珍しく続けてコメントした。
『でもタクさんに負担いくのはよくないから、ちゃんと精算しよう』
『もちろん』
そこだけは皆もきちんと同意した。
そして、もう一つ決めなければならないことがあった。
花に付ける札だった。
『名前どうする?』
個人名を並べる案も出た。
参加者だけの名前を載せる案もあった。
だが、みさ姉が言った。
『素敵なるーむ一同、でよくない?』
また少し、コメントが止まった。
今回お金を出す人だけが応援しているわけではない。
劇場へ行ける人だけが応援しているわけでもない。
チケットを買った五人も、遠くから配信を見ている人も、コメントする人も、ほとんどコメントせず聞いている人もいる。
その中には、今回スタンド花に参加しない人だっている。
でも、それでいい。
『それがいいと思います』
しんさんが賛成した。
さくらも『私もそれがいい』と続いた。
ケンケンが、
『じゃあ決まりだな』
と書く。
タクさんが最後にまとめた。
『札は「素敵なるーむ一同」で』
全員が賛成した。
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翌日の夜。
そんなことなど何も知らないなるは、いつものように配信を始めた。
「こんばんはー」
次々にいつもの名前が入ってくる。
「タクさん、こんばんは。みさ姉こんばんは。ケンケンも早いね。あ、さくらちゃんもいる。しんさんこんばんは」
いつもと何も変わらない。
なるは昨日の話を思い出したらしい。
「そういえばさ、お見送りで誰が名乗ってくれるんだろうね」
『俺はスルー』
「ケンケンはもういい!」
笑いが起きる。
タクさんも、みさ姉も、さくらも、何食わぬ顔でいつものコメントをしている。
なるは舞台の話をして、稽古で失敗した話をして、今日褒められたことを嬉しそうに話した。
その裏で、自分の初舞台を祝う花の相談が進んでいることなど知らない。
もちろん、誰も教えなかった。
本番当日。
劇場に入ったなるが、それを見るまでは。
花に付けられる札には、たった一つだけ名前が入る。
素敵なるーむ一同
なるが名付けたばかりのその場所は、なるの知らないところでも、少しずつ本当に素敵なルームに成り始めていた。




