拍動する魔石を手に入れるために
というわけで、僕はキッコリーさんに事情を説明し別れを告げた。そうして造船所に働かせてくださいとカチコミをかけ、下働きから始めて数ヶ月。僕のスキルが、今までが嘘のように活躍しあっという間に昇進昇進。そうして拍動する魔石に手がかかる立場までやってきた。のだが、
「メグルさん。この設計で納期は三日後だそうです!」
「はいよー」
休みなく働いているうちにお金はかなり貯まったが、そもそも拍動する魔石は会社が船を作るために買っている物のため、個人的にそこから流用したり買い取ったりというのができないようだった。拍動する魔石自体の製法が特殊であるため、専門機関に発注をかけて作っているらしい。要するに、余りや転売する魔石がそもそもないというのだ。
「参ったなぁ」
魔石が手に入らないんじゃ船がいつまで経っても作れない。
そこで僕は一度奴隷商に行ってみた。当然、神様の言う通りにするわけではなく、僕の代わりに戦い、僕を守り、魔物を生け取りにしてくれる奴隷を買おうと思ってだ。決して奴隷を魔石にしてしまおうなんて思っていない。
だが、その当ても外れた。そもそも知識や集団戦闘で他種族に優ってきた天上人に対し、亜人は身体能力や魔力に優れている人が多い。その中でも天上人に捕まり奴隷になるような者は総じて弱い。病弱であったり若かったり老いていたり。戦える人材も需要が高いからか、すぐに売れてしまう上に高額らしい。
とにかく、僕は即戦力になるような人員を見つけられなかった。
僕はもう空の旅を諦めるべきなんだろうか。そんな感傷に浸りながら島の端で空を眺めていた。この雄大で壮大な自然を自分だけの船で駆け回れたらどれだけ爽快だろうか。
そうしてぼーっとしていると、道の先から一台の馬車がやってきた。奴隷を廃棄するための馬車だろう。この島を管理しているお貴族様の馬車だ。僕が立っている場所から数十メートル離れたところに遺棄場がある。そこから奴隷の死体や、ゴミを捨てているのだ。
ガラガラガラガラ。
馬車のタイヤが音を立てながら街道を抜け島の端に辿り着く。荷台に乗せられていた奴隷の一人が降りてくると、大きな荷物を馬車から下ろし島の外へと捨てていく。大きさは百五十センチ前後の麻袋だ。奴隷が他の奴隷の死体を捨て、役に立たないと判断された奴隷であれば、最後はあのへりから自ら飛び降りるか、突き落とされる。
なんて残酷な世界だ。そして、僕はなんて薄情者なんだ。それを見ていながら止めようともしない。一声かけるだけで、僕はきっとあの命を救うことができる。でも、それは無責任なことだ。助けたのならばその後の生活にも責任を持たなければならない。
この世界の人はそんなことは言わないだろうけど。きっと「無理せず捨てちゃえば良いじゃん」と笑って勧められることだろう。
この倫理観が終わった世界を蔑みながらも、それを否定し変革をもたらすことができない自分に嫌気がさす。嫌気がさすけど、行動もできない。
そう思っていた。
僕は、奴隷がせっせと荷物を運ぶ様子をじっと観察していた。よろよろの千鳥足で今にも倒れてしまいそうなほど弱々しい。御者の男が手伝う様子はなく、奴隷の仕事が終わるのを退屈そうに待っているだけ。
何を思ったのか。いや、言葉にするのも悍ましい。
僕はこの時、「ダメだったら捨てればいいか」そう思ってしまいながら、馬車の方へとフラフラ近寄って行った。
近くで見ると、奴隷は女の子だということが分かった。薄汚い布切れ一枚羽織っただけの質素すぎる格好。腰まで伸びた長い銀髪はボサボサの枝毛だらけで、髪の隙間から尖った耳が飛び出していた。エルフだ。
見目麗しいと言われるエルフは愛玩奴隷として売られることが多い。きっとこの子もそうだったのだろう。そうして、用済みとなって捨てられる。
だがこの時、僕の心には何か違和感のようなものが引っかかっていた。
この少女、確かにヨレヨレと今にも倒れ込みそうなほど弱っているが、目つきは死んでいないのだ。まるでこの先に何か、生きる希望か何かがあるような強い意志を感じた。遠目では分からなかったが、近くで見てそれを確信した。
しかし、なんて声を掛ければいいのか、僕が迷っている間に女の子が全ての荷物を捨て終えてしまった。
「じゃあ、お前もここから飛べ」
「はい……」
「あ、あの!」
女の子が身を投げさせられる。そう思ったらとにかく声を出していた。御者の男は訝しげにこちらを見つめてくる。
「……はい?」
「その奴隷の子、いらないなら僕にくれませんか?」
「ああ。別に構いませんよ」
僕の意を決した問いかけに、男はなんとも思っていないような朗らかな笑みを浮かべながらそう快諾した。
「ありがとうございます!」
「いや、あの……」
僕と御者のやり取りに女の子は困惑している。
この世界の奴隷は魔法で主従契約を結ばれているため、御者の命令は絶対。それを譲渡するには奴隷商で手続きを行うか、元の持ち主の死亡、もしくは権利の放棄を行い、契約を上書きする必要がある。契約の上書きはいたって簡単で、奴隷が持つ契約紋に新たな主人が魔力を流すだけで良い。
僕は少女の腕を掴んだ。手の甲に奴隷の紋章が刻まれており、それを見た御者の男が契約の放棄を宣言する。
直ちに奴隷紋が発光し、一時的にこの少女は契約から解放された。後は僕がここに魔力を流し込むだけなのだが、
「……っ!」
「あっ!」
少女は解放された瞬間に、先ほどまで荷物を捨てていた島の淵へと走り出した。手を掴んでいた僕も逃走は予期していたが、思いのほか力が強く、僕ごと連れていかれてしまう。
「おい君!? わ、私は知らないぞ!」
僕と少女が連れ立って浮遊島から身を投げ出す。その光景を見ていた御者は責任逃れをするように叫ぶと、急いで馬車を翻し駆け出した。
僕は今、空を飛んでいる。
翼もない。パラシュートもない。命綱ももちろんない。飛行船だってありはしない。
今日の雲は浮遊島よりも下にある。
「あああああああああああああああああああああっ!?」
僕は全力で少女に抱きついた。何かにしがみついていなければ、この命懸けのスカイダイビングは耐えられそうにないからだ。
「ちょっ! 離して!」
「離したところでどうにもならんでしょー!」
少女がジタバタと暴れるが、こちとら木こりと造船所で鍛えられた日本男児。さっきはちょっぴり油断して持っていかれたが、身動きのとりづらい空中での取っ組み合い。負けるわけにはいかない。というか一人で落ちていきたくない。どうせ落下死するんなら一緒に行こうよ。
なんて思っていると、少女が悔しそうに唇を噛み舌打ちをする。瞬間、ガクン! という急制動する感覚と共に浮遊感と落下が止まった。ものすごいGに思わず手を離しそうになったが、細身の割にはしっかりとした臀部に腕が引っかかり単独降下はなんとか免れた。
「お、重い! 離しなさいよ!」
ところでどうして急に止まったんだ。そんな疑問が頭によぎり、僕は頭上から降るやかましい声に顔を向ける。
と、そこには天使もかくやというほど大きな翼を背に生やした少女がいた。ボロい布切れを突き破って現れた白鳥の如き翼が何度も羽ばたき上へ向かおうとしている。重力に負けて緩やかに降っているようだったが。
「何事!?」
「良いから離せぇ!」
「うわっ、やめろ!」
少女が僕を落とそうと上から頭を何度も叩いてくる。防御ができない相手を一方的に殴るなんて、なんて非道!
僕は反撃に出ることはできないものの、片腕一本で彼女の体にしがみつき足を絡めて保定すると、残った腕で彼女の手を掴み取った。
「この状況で悪いけど、僕のことも助けてよ」
「嘘、嘘嘘嘘嘘嘘!」
「契約!」
「さいっあくっ!」
僕は奴隷紋に魔力を込め、新たな主人として契約を果たした。これで彼女は僕に危害を加えることができず、僕に従うしかない。
「いやあ、なんかごめんね。とりあえず一緒に助かろうよ」
「ぐぅぅ、はいぃ!」
なんだかとても悔しそうに目に涙を浮かべている少女は、奴隷紋の力に逆らえず僕を助けることとなった。と言っても、上に戻ることはできないんだけどね。
この少女に人一人を持ったまま上昇するだけの力はないようで、二人揃ってゆっくりと下に向かっていく。
幸い、モンの町がある浮遊島は群島になっており、上下に浮島がいくつもある。落下の勢いを殺しながら僕たちは、モンの一つ下の島へと降り立った。
「へい神様。ここはどこ?」
『モンの一つ下の島。ジョウゼンの町がある島だね』
「ジョウゼンね」
空から来た僕たちは町の近くにある丘に不時着した。地面に着くとすぐに少女の背中に生えていた翼が姿を消した。
と、神様サポートに確認をしているのも束の間、駆けつけてきた衛兵たちに取り囲まれたが、事情を説明したところすんなり解放された。その上、飛行船でモンの町まで送ってくれるという。この島の人間たちは本当に、同族に対しては優しいのだ。
そうしてモンの町へ無事帰還した僕は少女を連れて造船所の住み込み寮へと戻ってきた。
奴隷紋の契約を御者が行えるのは、奴隷を捨てるにあたって元主人から奴隷に所有権を移していたからなんです。
投稿前に読み直していて、本文に書き込むほどじゃないかと思ったのでこちらで失礼します。
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