第10話:皆が降伏、皆が幸福
――――――――――後日談。『英雄』エセルバート視点。
あっと言う間だった。
デレク中将と聖女ニーナの案内で、無人の野を往くがごとく進軍を続けた。
途中で領主貴族の領兵や義勇軍を合わせ、とんでもない大軍になってリサルチアの首都パリスへ到着。
パリスを囲むゾリバス帝国軍を逆包囲した。
パリスの外壁は既にボロボロだったが、勢いを持って振られる国旗や軍旗を見て、まだリサルチアは生きていると思えた。
『ゾリバス軍はこのまま国に戻ったって処罰されるだけだ。となると一点突破して包囲を脱し、軍を小分けにしてリサルチア各地でゲリラ戦を展開しようとするんじゃないかと思うね』
『盗賊団があっちこっちにできちゃうってこと? どえらい迷惑だなあ』
『だから包囲に甘い部分を作ればそこから脱出しようとする』
『なるほど。わざと弱い部分を作っとくんだね?』
『そうだ。ニーナちゃん、魔法で北の湿地帯に追い込めないか?』
『できるできる。でもあそこから山には逃げられるんじゃなかったっけ?』
『山には兵を伏せておく。とっとと降参させてくれよ』
『りょーかーい』
デレク中将と聖女ニーナは何であんなに楽しそうだったのだろう?
戦闘前の緊張感というものをまるで感じなかった。
ブレナンをはじめとするシアノイツ軍諸将は呆れてたからな?
いや、リサルチアの指揮官達も首振ってたわ。
結局ゾリバス帝国軍を死地に追い込んで全員降伏させた。
『ゾリバス軍の皆さんも働いてくれることになったぞー。万々歳だ!』
『信用していいのか? 例えばデレク殿の首を取ってゾリバスへ逃げ帰ることだってあり得るだろう?』
『ゾリバスは徹底的な信賞必罰国家なんですよ』
『知っている』
『もし俺の首を持って帰ったなら恩賞をもらえるでしょうな』
『だったら……』
『そのすぐ後で、敗戦・投降の罪を問われて処刑です』
『そうそう。処刑されちゃうくらいなら、リサルチアかシアノイツで働いたほうがお得だよ。あたし達は優秀な人を大事にするからね』
『もうゾリバスに大した余剰兵力はないのだろう? 君達の身は安全だ』
ゾリバスの降将三人がコクコク頷いていた。
……この二人ゾリバスの皇帝より怖いんじゃないだろうか?
いや、シアノイツ軍もゾリバス軍も殺さず味方にした、希代の用兵だ。
『予定外だったなー』
『まったくだ』
何が予定外だったか?
リサルチア王家の面々が降伏してきたのだ。
何故?
『要するにもうリサルチア王家が臣民に見限られたってことですよ』
『男前殿下がいいとこ皆持ってっちゃったからなー』
わからなくはないか。
なす術もなく帝国軍に首都パリスを包囲され、その後オレとデレク中将の軍が帝国軍を降伏させたのだ。
王家の権威なんてあったもんじゃないだろう。
パリスが解放された時の、市民の熱狂的歓迎がそれを証明している。
しかしリサルチア・シアノイツ・ゾリバスが全て降伏するという、前代未聞の事態になった。
結末はどうなる?
シアノイツが一番得しているような気がするが……。
何でもないことのようにデレク中将と聖女ニーナが言う。
『どうします? 殿下がシアノイツへ帰還して立場を確立、また戻ってくるまでは、旧支配体制を続けるべきと思いますけど』
『新支配体制になっても貴族としての身分は男前殿下の名をもって保証するって言っとけば、協力者もいるから真面目に統治してると思うよ』
『ではそのように』
その後急ぎシアノイツへ帰国した。
デレク中将と聖女ニーナ、並びにゾリバスの降将三人を連れた堂々の凱旋だ。
しかも我が軍は無傷に近い。
父陛下に諸手を挙げて迎えられ、オレは王太子となった。
「よかったねえ」
よかった、か。
王太子となったオレの周りには令嬢が群がるようになった。
いつか死ぬ王子と目されていた時からは信じられないことだ。
しかしいつもいたずらっぽい目をした印象的な少女。
勝利と栄光へ導いてくれた少女。
オレの妃には彼女しか考えられない。
「聖女ニーナ」
「あたしは聖女ではないとゆーのに」
「シアノイツ公認の聖女にしよう」
「そお? 偽聖女教会も名称変更しないといけないかな?」
何を見当違いの心配をしているのだ。
新聖女教会か真聖女教会かニーナ教会でいいではないか。
パリスの聖女教会が機能せず、聖女ニーナが大功を挙げたことは周知の事実なのだから。
「オレの妃となってくれまいか?」
「いいの? 嬉しいな」
「アラスター殿とはうまくいかなかったのだろう?」
「黒歴史を抉ってくるなあ。まーアラスター殿下とは気が合わなかったわ」
「王族を嫌っているのかと思ったんだ。断られるのが怖くて」
「男前殿下は優しいな。前の婚約は、筆頭聖女だった時に自動的に決まっちゃってさ」
何故アラスター殿は聖女ニーナほどの偉才と婚約しながら、大事にしなかったのだろうな?
リサルチア王夫妻は領地を持たない一代限りの公爵相当として遇することになった。
アラスター殿は……。
「リサルチア王家直轄領から一部を切り分け、伯爵とする」
「うん、いいんじゃないかな。王家に仕えてた人達を引き取ってくれる人も必要だわ。優秀な御家来衆もいるから、言うことさえ聞いてれば伯爵くらい務まるわ」
「ニーナはそれでいいのか?」
「まーそんくらいが落としどころじゃない? 何だかんだで旧王家を支持する人もいるからね」
ニーナの視野は広い。
そして寛容だ。
リサルチア王家を恨んでいる様子が全く感じられない。
それでこそ。
オレはシアノイツ=リサルチア同君連合国家の王となる。
だからオレの妃はリサルチア人でなくては都合が悪いのだ。
いや、そんなのはただの言い訳か。
オレが聖女ニーナに惹かれているから。
「エセルバート殿下、ニーナちゃん」
「おっちゃんかー。今いいところだったのに」
「ハハッ、ごめんよ」
デレク中将にはシアノイツとリサルチアの国境に新都市を建設し、その太守に就任してもらうことになった。
今後はシアノイツ~リサルチア間の陸路交易が盛んになることが予想されるから、どうしても中間に町が必要なのだ。
軍人と政治家両方の視点を持ち、同地に土地勘のある者と言えば中将しかいない。
伯爵位を推薦したのだが断られた。
何でも勤め人のほうが気楽でいいそうだ。
ゾリバスの降将三人はシアノイツ、リサルチア、新都市にそれぞれ配属が決まっている。
ゾリバスの実地を知っている貴重な人材でもある。
人材は宝だ。
「イチャイチャするところだったのかい?」
「男前殿下にプロポーズされたんだよ」
「そうかい、でもニーナちゃんしかいないだろ」
「そお?」
嬉しそうな聖女ニーナ。
「エセルバートと呼んでくれ」
「エセルバート」
「おお? 普通はエセルバート様って呼ぶんだよ? 将来のシアノイツとリサルチア両国の王様だからね」
「そういえばそーだった」
「いや、いいのだ」
「あ……」
ニーナを軽くハグする。
「ドキドキするわー」
「もっとドキドキさせてやる」
「うはー、おっとこまえのセリフだわ」
「ハハッ、ごちそうさん」
デレク殿が去っていく。
何しに来たんだろうな?
いや、用なんかいくらでもあるか。
今は遠慮してくれたようだ。
「ニーナ、愛しているぞ」
「うはー、おっとこまえのセリフだわ」
普通の貴族令嬢はこんな反応はしないんだろうなあ。
一々新鮮だ。
シアノイツ=リサルチアはこれからの国。
愛しのニーナよ、今後ともよろしく。
「エセルバート殿下……あっ?」
「ブレナンか」
「タイミング悪いなー」
「まことに申し訳ない」
アハハと笑い合う、笑顔に満ちた国を。
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