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一夜のジョーカー  作者: かなぶん
出会いの夜

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6/7

第5話 盟約の呼び名

「いい加減にしろーっ!!」

 腹の底から真実の言葉を叫ぶ。喚き散らしたところで打開策は浮かばないが、好き勝手やられて黙ってられなかった。

 と、そこへ。

「トヒテ……何をしている」

 泣きっ面に蜂というべきか、それとも救いの声であったのか、扉向こうから白仮面の姿が現れた。

 彼がこちらを向く直前、一斉にトヒテらが里璃との間に立ち、自分たちの身体で壁を作る。思わぬところで解放を得た里璃は、慌てて羽織るだけになっていた上着の前を閉めた。

『な、なにも』

 表情も声音も変わらぬトヒテたちは、白仮面への回答に白々しくどもる。変化の乏しい相手からこんな答え方をされて、本当に何もないと思う人物がいるなら、見てみたいところだ。

 案の定――と言うべきか、白仮面は不審な声で言う。

「我が従者の悲鳴が聞こえていたというに、何もないとは如何なることか? そこを退け。場合によっては、お前たちの配置を換える必要がありそうだ」

『『『『『ご、御前、いえ、本当に何もありませんので』』』』』

 引き下がらないトヒテたちだが、その答えではすでに何かあると言っているも同然である。

 表情にこそ出ないが、隠し事は苦手なのかもしれない。

 意地でも立ち塞がるトヒテたちに対し、白仮面側から近づく靴音が届いた。

 これにはトヒテたちと共に里璃までもが、ビクッと震える。

(まさかまさか、進行を妨げるという理由だけで、引っ叩いたりしないよね!?)

 叩かれた彼女らを見て、後ろに庇い、「何をするんだっ!」と叫ぶような気概はない。元より、碌でもない目に合わされた後では、庇いたいとも思わない。

 しかし。

(怖い……)

 目の前でそんな場面が展開される――想像だけで、里璃の心音は嫌な具合に逸った。

 無意識に心臓の上を両手で握り締める。

 黒茶の瞳が動揺を隠せず、あちらこちらを引っ掻き回す。

 ついには椅子の上で身を小さく丸め、

「リリ? 何があった? 申してみよ」

「あ……」

 とさっと軽く頭に落ちた手の存在を知り、顔を上げれば白仮面がそこにいた。

 視線をずらせば、綺麗に左右へ分かれて並ぶ、トヒテの無事な姿があり、

「た、叩かない?」

 主語もなく尋ねると、白仮面は誰をと問わずに首を傾げた。

「……ふむ? どこに叩く理由がある? 元より私は、トヒテを無下には扱わん。お前が何を申し立てても手を上げはしない。約束しよう」

「ほ、本当?」

 自分でもしつこいと思いながら確認すると、白仮面は虚を衝かれたように止まった。

 次いで、頭に置いた手を頬へ滑らせては、もう一方へも同じように手を添える。

「虚偽も嫌いではないがな。本当だとも。お前が何を恐れているのかは知らんが、我が名に掛けて誓っても良い」

「名前?」

「そうだ。お前たちヒトの中にも、己が名を重宝する者が在るだろう。しかし私のような者にとっては、それにも増して重要だ。斯様な名へ誓いを立てるとはつまり、命を賭して約するに等しい。なればこそ」

 一度言葉を切った白仮面は、嵌め込まれた黒い瞳に里璃の姿を映す。

 不安な眼差しの自分をそこに見て、里璃はきゅっと唇を引き結んだ。

 白仮面は告げる。

篠崎(しのざき)里璃(さとり)よ。我が「夜」の名において誓おう。お前の眼の届く内で、私は決して、相手に傷を負わせるような、如何なる力も行使せぬと。トヒテへ手を上げる真似はせぬと』

 それは不思議な音色として里璃の耳朶を打つ。

 染み入る言葉に目を閉じ、コクリと頷けば、両の手がそっと離された。

 ゆっくり開けた先には変わらぬ白い仮面。

「名前……ヨル?」

 惚けて尋ねたなら、「夜」と名乗った白仮面は頷く。

「ああ。陽の恩恵が完全に隠れ、空が白み始めるまでの間、世を包む刻の名だ。ヒトの世では多種に渡る響きを持つが、意味は総じて「夜」を指す。なればこそ、お前は私を「夜」と呼ぶであろう。リリよ」

「サトリです……って、さっきはちゃんと、篠崎里璃って言ったじゃないですか」

 軽い訂正を入れて愚痴れば、「夜」は考えるように顎へ手を当てた。

 そして問う。

「して、リリよ。トヒテが何を為せば、あのような悲鳴が上がるのだ?」

「……だから、サトリですってば」

 再度訂正しても意に介さない「夜」に、里璃は軽いため息をつく。

 多少の安堵を含んだような――。



 里璃からおおよその経緯を聞いた「夜」は、トヒテへ言う。

「トヒテ……反省がないな。以前、「夕」の付き添いを世話させた時に忠告したはずだ。あの男はお前の目に晒されて、一つ壊したというのに……忘れたわけではあるまい?」

『『『『『はあ……そういえば、そういうこともございましたね』』』』』

「あの後、「夕」に散々罵られたものだ。形代に寝取られるなぞ思わなかった、と」

『『『『『ですが、御前との一時で「夕」様の機嫌も直られたように記憶しております。寝取られたと申されましても、ワタクシに斯様な機能は備わっておりませんし』』』』』

「そういう問題ではない。重要なのはお前が一つ、壊されてしまったことだ」

『『『『『はあ……ですがあの後、御前が御付の方を排除されたのですから、痛み分けではありませんか』』』』』

 奇妙な会話である。

 理解したくはないが要約すると……

 以前、「夜」の下を訪れた「夕」という人物の付き添いである男が、先刻の里璃と同じ状況に陥ってしまったらしい。

 しかも晒されたのは、男の胸部に女のような出っ張りがない以上……つまりはそういう箇所を。

 その時の男の気持ちなど里璃には分からないが、トヒテはケチの付けようもないくらい完璧な美少女である。晒された挙句、熱心に見つめられて、何も感じるなという方が無理な話だろう。

 里璃ですら、一種の拷問と感じたくらいにして。

 だからといって、女であり、同性に惹かれた過去もない里璃と男では、感じ方も考え方も根本から違う。

 想像でも不快を招くことながら、理性の限界を越えた男は、トヒテの一人に襲い掛かり――

 そうして男は「夜」に“排除”され、「夕」という人物は謝るどころかトヒテに怒り、これを「夜」が宥めた……

 であるにも関わらず、自分たちと同じ顔の一人を“壊された”らしいトヒテたちに動揺はなく、「夜」にしても呆れたように窘めるのみ。

 内容的にはだいぶハードな過去だと思うのだが、淡泊すぎる主従のやり取りに、蚊帳の外となった里璃は呆気に取られるばかりだ。

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