第3話 黒と白と
白仮面は石室に出てから続く、石造りの螺旋階段を昇り続けていた。
抱きかかえられたままの里璃はといえば。
(め、目が回る……)
話す気力もなく、ぐったりと白仮面の黒い頭に額を寄せていた。
一定のリズムを刻む歩く振動は、揺り籠然としていて気持ち良いくらいなのに。
今度はきちんと松明の炎が先を等間隔で照らしていたが、それが逆に不安定な陰影を呼び起しており、
(うぅ、気持ち悪い……)
車や船や飛行機、あらゆる乗り物に乗っても酔わない里璃、今初めてその苦しみを味わっていた。
「気分が優れぬか?」
歩みは決して緩めず、白仮面が里璃の方を向いて問う。
運ばれている身としては前を向いて歩いて欲しいものだが、そんな注意すらできる余裕もなく、ただ頷いてみせる。
「ふむ」
すると考える素振り――後。
「うわっ!?」
またもいきなり視界が変わった。
体重の掛かる部位、感じる体温の場所は変わらないのに、何故か見上げる位置に白い仮面がある。
肩に頭を預けては、現在の格好を知って赤面した。
それでも白仮面の動きは何ひとつ変わらない。
「目を瞑っておれ。まだそちらの方が楽だろう。しかし……この通路は改築せねばならんな。使用頻度は低いが、我が従者の負担となるのは好ましくない」
独り言にしては響く声量。
自分へ向けられている節を感じた里璃は、幾らかマシになった頭で口を開いた。
「あ、あの……」
「どうした?」
返事はあっても、白仮面の顔は前を向いたまま。
さっきこちらを向いたのは、里璃の顔色を見るためだったのだろうか?
それはともかくとして。
話は後ですると聞かされてきたが、ずっと気になる単語があった。
それだけは、先に聞いておきたい。
「……我が従者、って、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ」
答えになってない。
いまいち親切なのかいい加減なのか分からない相手へ、もう一度、問いかけようとし、
「さて」
「わっ」
またまた何の合図もなしに、身体が担ぎ上げられた。
しかし三回目ともなれば、ぐらつくこともない。
白仮面の支え方は、終始安定しているのだから。
言い変えれば、この単時間で相手への信頼をずいぶん築いた、という話になる。人見知りというほどではないが、初対面の人間は必要以上に警戒するきらいがあったにも関わらず。
小さく扉の開く音が聞こえ、視線をそちらへ向けた里璃は、咄嗟に目を細めてその上に手を翳した。
闇からぽっかり抜け出たような白を扉の先に見て。
扉をくぐる白仮面に合わせ、頭を低くした里璃は眩しさに目を瞑る。
しばらくじっとし、ゆっくり目を開く。
扉を背にした眼前は白い壁。
右左と確認すれば、造りは長い廊下。
シャンデリアや彫刻の類もあり、華やいではいるものの、いかんせん、大抵のモノが白いのはいただけない。
象る陰影しかない白い廊下では、雪はないのに雪眼になってしまいそうだ。
「……なんだか、目がチカチカする」
数度瞬き、感想を一人ごつ里璃へ、白仮面は興味深そうな声を上げた。
「ふむ? ここも改築すべきか。……トヒテ」
『はい、御前。ここに』
何者かを呼ぶ白仮面に合わせ、やや機械的な少女の声が届く。
しかも至近。
「わっ!?」
声のした方を見た里璃は、そこに今までいなかった姿を認め、軽く仰け反った。
* * *
里璃の衣服を全て剥ぎ取ったトヒテという名の少女は、バスタブに里璃を入れては首を傾げた。
『あの、リリ様?』
「は、はぃっ!? って、私の名前、リリ違うっ! さ、里璃、サ・ト・リ、です……って、ぅきゃあ!」
不思議そうな顔のまま、容赦なく身体を洗うトヒテへ、名の訂正を試みつつ抵抗する里璃。
二人の少女の攻防戦により、しばらく断続的に水飛沫が舞い散る。
それがぴたりと納まったのは、トヒテに軍配が上がった時。
薔薇と思しき赤い花弁を散らした乳白色の湯の中で、ぐったりとなった里璃は、トヒテの為すがまま。
(なんでこんなことに)
無意識に、ここまでの記憶が喚び起こされる。
白仮面の呼びかけに応えたトヒテは、里璃より若干低い背、細い身であるにも関わらず、手渡された里璃の身体を易々と抱え上げた。
歩けると言っても、『御足が汚れてしまいます』と聞き入れず、湯浴みを白仮面から命じられては、『御案内致します』と言いつつ、里璃をとある一室まで運ぶ。
その際、白い廊下に慣らされつつあった里璃の目が捉えたのは、暗い室内であり、何かしら視覚に対する挑戦を受けている気分に陥った。
眩む瞳に対処し切れないでいる里璃を、灯もない室内の椅子に座らせたトヒテは、さっさと湯浴みの準備を済ませてから灯りを点ける。
そうして里璃の視野が平常時の感覚を取り戻す直前、有無を言わさず服を剥ぎ取り、湯浴みを決行し――今に至る。
心地良い湯加減と、同性とはいえ服を着たままの他人に身体を洗われる不慣れな体験で、里璃の肌は赤くなる一方だ。
「ううううう……もう、好きにして……」
『はあ……でも、もう終わりましたわ、リリ様?』
今更そんなこと言われても、すでにまな板の上の鯉状態な里璃。
なので、代わりに訂正だけ入れておく。
「あ、あの、だから私の名前はサトリですって。それはただの愛称なんです」
『はあ。ですが、御前はリリ様のことをリリとお呼びになって』
「それってつまり、あなたが言うところの御前……あの白い仮面付けた人に訂正して貰わなくちゃダメってことですか?」
とろんとした目で振り返り、バスタブにもたれつつ喘ぎ喘ぎ問えば、その先にいるトヒテは可愛らしく小首を傾げた。
『御前はヒトではありませんけれど……ですが、リリ様、もとい、サトリ様の呼称変更は御前を通さずとも可能ですわ』
「そ、そう……じゃあ、サトリで」
『承知致しました。では、サトリ様、そろそろ』
言って、トヒテは手を打ち鳴らした。
そうして何かを待つように佇む。
対する里璃は、予想の付かないことが連続して起きる今の状況から何もできず、彼女を見つめるだけ。……下着まで剥ぎ取られ、近くに身を隠す布もない状態では、元より動くに動けなかった訳だが。




