着発弾
『着発弾』とは、のちに『柘榴弾(榴弾)』と訳される『ガラナート』のことである。
1853年、『シノープの海戦』で、ロシア海軍がオスマン艦隊を全滅させた話を川路から聞いた時、英龍はとうとう着発弾が実戦で使われたと肝が冷えた。
今現在日本の最先端は『カノン砲』で、船体に命中させることができても穴を空けたり砕いたりできる程度で、修理すれば済んでしまう。
開発途中の『破裂弾』は滞空距離と破裂する時間の調節が難しく、早ければ目標に到達する前に、遅ければ不発と、なかなか思い通りに破裂してくれない。
『着発弾』は着弾と同時に破裂するため、船を沈没させるすさまじい破壊力を持っている。
英龍や開明派の大名などが個別に西洋の技術に追いつこうと切磋琢磨したとしても、国を挙げて財力を惜しみなく注ぎ込んで技術向上を進め、どんどん新しい物を生み出していく諸外国との差は開くいっぽうである。
着発弾もロシアだけでなく、イギリスやアメリカももう軍艦に積んでいるだろう。
日本もこれを作れるようにならなければ、いくら台場を作ろうとも外国の軍艦を沈めることなどできない。
英龍はオランダもすでにこの着発弾を持っていると予想し、自らその技術を学びに行きたいと幕府に遊学を願い出たが、この大事な時に幕府の中でたった一人しかいない有識者である英龍には江戸にいて指揮を執ってもらわねば困ると却下されてしまった。
やむなく英龍は着発弾の製造法を知ることの重要性とその技術を理解できる腹心の家臣である柏木総蔵、望月大象、矢田部郷雲の三人を長崎に派遣することを決めた。
柏木総蔵…30歳
望月大象…26歳
矢田部郷雲…35歳




